627話 やることは掃除です
大きな問題が新たに舞い込んだように思えても、掃除係である雨妹がやることは掃除である。
雨妹は早速、呉から掃除をする広間へと案内されたのだが、この部屋の居酒屋とホストクラブを足して割ったみたいな雰囲気はなんだろうか?
「この部屋の片付けと掃除をお願いね」
「わかりました!」
雨妹は呉に前のめりに頷く。
言ってはなんだが、これを若干趣味が悪いと思ったのだ。一体誰の趣味でこの内装になったのだろうか? 皇后だろうか、それともお付きが好きにあれこれした結果なのか? 酒を飲むにしても、もっと上品な雰囲気にできるだろうに、なにを目指してこうなったのだろう? 雨妹は内装を担当した者を問い質したい気分である。
――皇后陛下には、今日でこの趣味の悪さとはお別れしてもらおう!
雨妹はふつふつとやる気が湧いてきた。
「それでは、よろしく」
呉は一人燃える雨妹を置いて、燕女史と共にどこぞへ行ってしまう。これからなにか話し合いが行われるのだろうが、燕女史にとっても後宮運営には現在一番位が高い皇后の許可が必要であるに違いない。
というわけで、雨妹は元酒宴部屋を見渡す。全て片付けてしまっていいと呉からそう言われたし、全てと言うからには全てなのだろう。
「まずは内装を全部剥がすかぁ……よし、やるぞ!」
気合を入れた雨妹は、まず不必要な装飾を撤去していく。
ドタドタ、バリバリと騒音を立てながら豪快に片付ける雨妹だったが、どこからともなく現れてはこちらを眺める視線があった。
「見て、動きに品のないこと」
「あんな破壊を許可するなんて、呉様はどうかしていらっしゃる」
「皇太后陛下が知れば、なんとおっしゃるかしらね?」
皇后宮付きの宮女たちがずっと絶妙な声量でのヒソヒソが聞こえてくるが、忙しい雨妹はすぱっと無視である。
――おしゃべりするくらい暇なら、少しは手伝ってくれてもいいんだからね?
それに掃除に品の良さを求められても困る。掃除係に求められるのは、掃除が済んだ場所の品格である。
それにしても今回は皇后宮で道具を借りられない可能性を考えて、実は梯子まで三輪車に積んでの大荷物だったのだが、持ってきて良かった。あの宮女たちの様子では、箒一つ貸してくれそうにない。
こうしてなんやかんやで作業を続け、ひとまず装飾を全部剥がし終えれば、床には壁に掛けられていた布やら天井に吊られていた飾りやらで足の踏み場がなくなっていた。これはさすがに、ごちゃごちゃ飾り立て過ぎではないだろうか?
そして元の部屋の姿が露わになったのに、雨妹は感心する。
「うん、部屋自体は趣味がいいじゃない?」
天井下の明かり取りに嵌っている透かし彫りやら、建具に彫られている飾り彫りやらが、余計な装飾が取れたことで目立っている。
余計なことをせずにこの状態を生かす家具や敷物を選定すれば、お茶会を開くには十分だろう。
「さて、こっちはどうするかなぁ」
除去してしまった装飾だが、捨てるにはまだ使えそうで惜しい気がする。こちらも綺麗にしてバラバラで物を見れば、どこかで使える意匠であるかもしれない。ごみはできるだけ再利用するのが、出来る掃除係である。
と、ここで雨妹はふと気付く。
――妙に静かになったな?
ずっと雨妹のことをヒソヒソしていた宮女たちの話し声が、そういえばいつの間にかしなくなっている。いい加減にさぼるなと誰かに呼ばれたのか、はたまた「片付けを手伝わされるかもしれない」と思ったのだろうか? なんて雨妹が一人首を捻っていると。
「なにをしている?」
ふいに女性の声が聞こえた。声がしたのはこの部屋に面している庭園側の回廊である。