62話 食事の仕方
「人は満腹でも空腹でも、快眠の障害になります。
たとえ寝ている間でも、胃は働いているからです」
満腹で眠ってしまうと、就寝後も胃が動き続けるため、脳が興奮してなかなか寝付けなかったり浅い眠りになったりするものだ。
また、夜間は胃の働きが緩やかになるため、食べたものを消化しきれずに翌朝胃もたれが残ることが多い。
逆に空腹は空腹で、脳が覚醒してしまい眠れなくなる。
「快眠してすっきりした寝起きを迎えるためには、寝る頃には胃の活動が終わっていることが大事です。
だから食事から寝るまでに時間を長く空けておきましょう」
どうしても小腹がすいて眠れないときなどは、温めた牛乳もしくは豆乳、あと麦湯などがいい。
温かい飲み物で空腹感がやわらぎ、覚醒作用もないので安眠できる。
「夕食を減らせば自然と朝にお腹が空くでしょうから、朝食が入るはずです」
雨妹の意見に、しかし潘公主が困った顔をする。
「でもわたくし、朝から食べるのは苦手で……」
――元々朝が苦手な人なんだな。
朝から食欲旺盛な人と小食な人とそれぞれいるため、潘公主のこの体質が悪いわけではない。
「別に朝から豪勢な食事をする必要はありません。
白湯に果物程度でもいいのです。
その中でも私がお勧めしたいのは、野菜の湯菜ですね」
健康な身体作りや病気の予防のためには、一日で籠に山もりの野菜を食べてほしいところだが、生でこの量を食べるのは大変だ。
そこで野菜を手っ取り早く食べる方法が、湯菜なのだ。
「朝を食べ慣れてらっしゃらないので、最初は味付け無しで、野菜そのものの味だけの湯菜がいいです」
「そうね、湯菜だったら飲めそうだわ」
雨妹の勧めに、ここで初めて潘公主から前向きな発言が出た。
彼女もようやく自分にできそうな事柄が提案されて、ホッとしたような顔をしている。
胃が慣れてきたらそれに野菜の具を足してもらい、徐々に朝食を増やしていけば、自然と朝から活動するのが苦ではなくなってくるはず。
こうして体内時計を朝に巻き戻すのだ。
朝食指導について一通り話せば、次は夕食だ。
「夕食については、特に肉や魚が大事です。
味覚以外にも、人の身体を作るために大事な栄養ですから」
「肉や魚はなんとなく太る気がして、最も避けていたものです」
潘公主がそんなことを言う。
そして野菜を食べて、空腹を紛らわせていたらしい。
前世でも減量とは別の話で、ベジタリアンなど己の信条から野菜のみを食べて生活をする人はいた。
だがあれは野菜の中でもたんぱく質などの栄養素を計画的に摂取していたため、付け合わせの野菜だけで生活するのとは、だいぶ違う。
「肉や魚を食べたら太る、ということはございません」
肉を食べて筋肉を増やすことで代謝を増やし、太ることを予防できる。
むしろ肉や魚は食べるべき食材なのだ。
「ですが確かに油たっぷりの料理は過ぎると太る面があるため、控えた方がいいでしょうね。
特に今は胃が弱っているはずですから、蒸し料理などのあっさりとした調理法がよろしいでしょう。
それに佳は港のある土地ですので、食べるなら牡蠣をお勧めいたします。
あれは味覚に重要な亜鉛が豊富な食材なんですよ」
しかし牡蠣と聞いて、潘公主が眉をひそめる。
「まあ、牡蠣ですか?
ちょっと変わった見た目なので、わたくしは少々苦手ですの」
確かに貝類は鮮度が命なので、海辺でなければ口にできない食材だ。
潘公主が今まで見たことがないのなら、口にし辛い気持ちもわかる。
「ですが、あの見た目に慣れれば非常に美味なんですよ。
異国では牡蠣のことを海の牛乳と言われるくらいに、栄養豊富でもありますから」
「わたくし、牛乳は好きです。
そう言われたら少し興味が湧きますわね」
好きな食材に例えられた潘公主は、牡蠣を食べてみようという気になったようだ。
あとは料理人の腕の見せ所だろう。
ぜひ潘公主に牡蠣の魅力を伝えてほしいものである。
ちなみに雨妹は、前世で牡蠣小屋で爆食いするくらいに、牡蠣が大好物だったりする。
なのでこの佳の滞在で、牡蠣を思う存分食べて帰りたいものだ。
ともあれ、食事の内容について話した次に、食べ方も注意する。
「食事の際によく噛んでください。
そうすると少ない量で満腹になり、食べ過ぎを防げます」
雨妹の告げた注意点に、潘公主がきょとんとした顔をした。
「……それだけですか?
もっと特別な作法があったりするのではないの?」
特別な作法とは、もしかして潘公主が引っかかった詐欺で言われたのだろうか。
だが食事にそんなものはない。
強いて言えば、美味しく食べることが作法だろう。
「痩せるための作法などはございません。
加えて食べてはいけないもの、というのもございません。
あえて言うなら、何事も適度であることが大事なのです」
そして日中はこまめに動いたり、歩く時間を作るなどして身体を動かす事も推奨する。