619話 第二回雨妹相談会開始
三人三様に鳩肉を楽しんで他の料理も平らげると、立彬が食後のお茶を淹れてくれることとなった。
「それで、なにが聞きたいんだい?」
そんな立彬の様子を横目にしつつ、楊からそう切り出された。さすがに雨妹も、鳩肉の美味しさで本題を忘れはしていない。
「それがですね、今日こんなことがあったんです――」
というわけで雨妹は、文芳と燕淑妃に遊ばれた後でのことを語る。
「ふぅん、『役目は仕舞い』ねぇ?」
「そこ、気になりますよね?」
楊もこの台詞に引っ掛かったらしいのに、雨妹は前のめりになる。
「思わせぶりに聞こえる台詞ではあるな」
立彬が淹れたお茶を配りながら、そう言って眉をひそめている。
――太子宮で、この辺りにまで突っ込んで話さなかったもんね。
恐らくは秀玲が余計な情報を聞き出すことを避けたのだろう。雨妹も太子宮をこれ以上巻き込んで大事にしたくはない。けれど立彬に相談するのは、また別であるのだが。立彬は雨妹の話を時に太子に内緒にしてくれる、お付きとしては問題かもしれないが雨妹には有り難い人である。
「その燕女史の言葉がどういうことなのか、考えても『これだ!』っていうことが思いつかなくて」
困り顔でため息を吐く雨妹に、立彬と楊も思案顔になる。
「普通に考えれば、燕女史は直にお役御免になる予定があるということになるのではないか?」
「燕家から、なんらかの苦情が来ているのかもしれないねぇ」
立彬がそう言葉を読み解き、楊もお役御免の理由として、最もありきたりな理由を上げた。けれど雨妹はそれでもしっくりこない。
「秀玲さんの話では、燕女史は百花宮で一番働いている人っぽいのに。これ以上あの方になにを望むのでしょうか?」
燕家はどれだけ燕女史を働かせたいのかと、雨妹が不満そうに頬を膨らませていると。
「だが燕家が望んだ成果が出せていないのであれば、その働きとて意味がないと思うが」
「むむっ、確かに」
そんな立彬の意見に、雨妹は思わず頷く。どんなに働き者であっても、それが御家の目的や目指す理想と外れていれば、無意味どころか害悪にすらなるだろう。
――けどさ、燕家が今の百花宮になんの不満があるっていうの?
皇太后が失脚して、燕家は余計な労力をかけさせられる存在がいなくなったのではないのか? それなのに不満があるのならば、燕家はそもそも皇太后失脚となった現状に不満がある、ということにならないか?
と、そこまで考えて。
「……いや、そうか」
雨妹はふいにその事実に気付く。
「燕家はこれまで皇太后陛下に助力して、権力の座を与え続けていたとも言えるんですかね?」
雨妹のこの意見に立彬が目を丸くして、楊も驚いている。
「確かに、そのような見解もできるが……」
「小妹は突飛なことを考えるねぇ」
二人がそんなことを漏らすのも無理はない。これまで皇太后というのは絶対権力者であり、それはすなわち、誰の助けも必要としない強者であったということだ。その立場が他者にお膳立てされたものだったというのは、絶対権力による支配に慣れ切った身には飛躍した考え方に思えるのだろう。
そんな二人に、雨妹は頭の中を整理するように考えを語る。
「燕家って中立の立場である人たちなんですよね?」
中立という立場は、案外立場によって意味合いが違うように思う。強者の間を行ったり来たりして旨い汁を上手に吸うのが中立だと言う人もいるだろうし、誰からも干渉されない確固とした立場を中立と呼ぶ人もいるだろう。
ならば、燕家にとっての中立とはなんだろう? それは燕家の在り方というよりも、燕家の考える「権力者」の在り方が重要であるように思う。
「燕淑妃宮が苦労を被ってまで皇太后陛下のお立場を維持していたのは、燕家の理想とする中立のための方針だったのではないでしょうか?」
雨妹は繊細な話題を口にしている自覚があるので、慎重に言葉を紡いでいく。
「ではお前が思う、その方針とはなんだ?」
立彬に問われて、雨妹は微かに目を伏せ、ぐっと腹に力を入れて答える。
「権力者には敵が必要で、思うがままに振舞うのを阻害する壁を作っておかなければならない、とかですかね?」
「ほぅ」
立彬の目が鋭くなったのに、雨妹はぐっと息を飲む。
――まあこれって、普通に不敬な意見だもんね。
この国は皇帝という頂点の支配に従う権力構造であり、その皇帝を一族から出したいからこそ、後宮の女たちは寵愛を競うのだ。その構造に物申すのは普通に危険思想とされるだろう。
そんな立彬の一方で、楊は飲み込むのが早かった。
「先代陛下は誰もお止めできる者がいなかったから、戦乱を呼び込んで晩節を汚す結果となった、なんて意見もあるそうだよ。そういう意味では、わからなくもない話だねぇ」
さすが楊は立彬よりも長く後宮勤めをしているだけあって、色々な人の意見を知っているようだ。
「なるほど、そういう話か」
立彬が楊の言葉を聞いてようやく理解を示す。