612話 やっと本題です
今の雨妹の格好は、髪に合わせたのだろう、青を基調とした色合いの意匠に、所々赤い飾りを入れて印象を引き締めていた。袖や裾があまりヒラヒラとしていないので、こうした格好に慣れていない雨妹には比較的動きやすい。結い上げた髪は複雑に編みこまれているが、油をつけていないのは雨妹の普段の髪形を考慮してくれたのだろう。
「まあ、素敵ね」
「そうでしょう? ああ楽しかった!」
文芳からも褒められて、燕淑妃は得意そうにしている。
雨妹としては非常に疲れた着せ替えであったが、人生で着ることなどないであろう衣装をたくさん着せてもらえたことは、嬉しいことでもあった。
「あの、このような衣装を着させていただき、ありがとうございます。とても良い思い出になりました」
「思い出だなんて言わず、またやりましょうよ」
燕淑妃が嬉々として誘ってくるが、雨妹としてはこれっきりにしてほしい。心労が大きすぎる。
なにはともあれ、燕淑妃は着せ替え雨妹をこれで終わりにしてくれるらしいとわかったところで。
「まあまあ、雨妹で遊んで満足したところで。わたくしは、なにを作ればいいのかしら?」
文芳が強引に話を変えてきた。というか、やはり自分は遊ばれていたらしい。
「そうだったわね!」
文芳に言われて、燕淑妃も自分の目的を思い出したようで、場所を衣装部屋から移動すると言われた。しかし残念ながら、雨妹は今着ている衣装は脱ぐことを許されなかった。
「せっかくだから、他にも見せて差し上げなさいな」
燕淑妃が善意から告げたが、下っ端掃除係がこのような格好をしているのを目撃されたら、ちょっとした事件である。燕淑妃宮を出てから、なんとかどこかで元の格好に戻るしかない。
そんなわけで、雨妹はこの格好のままに燕淑妃と文芳と共に、卓を囲んでお茶をすることになってしまう。雨妹は燕淑妃や文芳との、この距離感が怖い。
そんな状況で、ようやく文芳への依頼について聞けた。
「普段使いができて、姐姐が、わたくしを思い出してくださるようなものを作ってほしいの」
「ふぅん、難しいわねぇ」
文芳が微かに眉を寄せる。確かに、普段使いというのは人によって良し悪しが分かれるものだ。「見栄えのする派手な品」という方が、わかりやすい要望かもしれない。
しばし文芳はウンウンと唸って考えていたが。
「雨妹、なにか思いつくことはあって?」
ふと本日の手伝い役のことを思い出したようで、文芳に助言を求められる。前世では仕事人間で、お洒落に全く関心を持ってこなかった雨妹に、難しい意見を求めるものだ。
「えっと、う~んと……お揃いの品とかですかね?」
普段使いでいて特別な品となると、雨妹の装飾品知識で出てくるのはその程度であった。けれど恋人であれ家族であれ、「お揃い」というのはやはり特別なのだ。だが平凡なことを言ってしまったかと、雨妹がちょっとだけ後悔しつつ文芳を窺うと。
「それは、例えば?」
なんと、考えの続きを求められてしまった。
「え!? 例えば!?」
雨妹はそれ以上なにも考えていなかったので、大いに焦るしかない。
「え~、髪飾りを同じ意匠にするとか? あ、恋人や仲の良い友人同士で耳飾りを分け合って片方ずつ着ける、なんてことを聞いたことがあるような……」
雨妹はなんとか前世のお洒落情報を頭の奥底から捻り出す。しかしこの雨妹の貧弱なお洒落知識であっても、文芳にはピンとくるものだったらしい。
「ふぅん、耳飾りの一揃いを分け合うなんて、考えもしなかったわ。けれどそうね、耳飾りが片方なのは収まりが悪いから、二種類の耳飾りをお互いに見立てて、分け合うといいのではなくって?」
「まあ!?」
雨妹の意見を発展させた文芳の案を聞いた燕淑妃の声が、喜びに溢れている。どうやらお揃い作戦は彼女の心の琴線に触れたようだ。偉い人になると、誰も持たない貴重な一点ものに価値を見出すようになるので、案外お揃いという事をあまり考えないのかもしれない。
こうして、なんとか依頼の品の話が纏まろうとしたとき。
その時、扉が外からトントンと叩かれた。
「主、こちらに客を連れ込んだとお聞きしましたが」
そして扉の向こうから響く声は、あの燕女史の声である。




