604話 衝撃過ぎる色々なこと
作業小屋から出てきた伊文芳は、そのまま秀玲に連行された。そして道を戻って行けば、あの案内役の女官が別れた所で待っていたため、秀玲は彼女に身柄を引き渡す。
「秀玲様、ご協力感謝いたします。連れ戻しても脱走されるので、手を焼いていたところでした」
「集中している文芳は寝食忘れてしまうものね、まったくもう」
女官と秀玲が苦笑を交わし合うと、文芳は待ち受けていた輿に載せられ、速やかに運ばれて行ってしまった。これから急いで沐浴をさせるらしい。その様子を見送った秀玲が、「やれやれ」と息を吐く。
「朝一番に来て正解だったでしょう? でないと面会するには支度の時間が足りなかったわ」
なるほど、朝早くに訪ねた理由はそれだったのかと、雨妹は今更ながらに納得する。ところで、本来は客である雨妹と秀玲は、この場に放置となったわけだが。
「さて、ゆっくり庭を見ながら行きましょう。これから時間がかかるでしょうしね」
「はぁ」
秀玲が慣れた様子で歩き出したので、それに雨妹も付き従う。
こうして庭園散策をしていると、やがて見えてきた東屋で伊貴妃宮の宮女たちがお茶の用意をしてくれていた。どうやら時間を潰すのまでが予定に組み込まれていたらしい。
――どれだけなのよ、伊貴妃って。
なんにせよ、そこで秀玲と一緒に持て成され、秀玲とのお喋りが弾み、雨妹がここへなにをしに来たのか若干目的を忘れかけた頃に、やっと「伊貴妃がお会いいたします」と声を掛けられた。
案内されて伊貴妃宮の中心にある建物に連れていかれ、文芳が待つという部屋の前までやってきた。
「王秀玲様がお連れ様と見えられました」
そのように呼びかけられてから扉が開くと、部屋の中では豪奢に着飾った女性が奥の長椅子で優雅に座っていた。状況的に長椅子の人があの文芳なのだろうが、改めて見ればとても美しい人だった。ツンと澄ました顔の文芳は、入って来た雨妹たちを見つめている。その様子は傾国の美妃と言われても納得してしまう、迫力のある美しさだ。
――目が潰れそう……!
美しさで目が潰れるとは、現実に起こり得る危機なのだと実感してしまう雨妹である。とてもではないが、先程の薄汚れた女性と同一人物とは、到底思えない。
そんな文芳が周囲に侍る宮女たちに視線だけを寄越せば、全員がしずしずと部屋から出ていくと、パタンと扉を閉めた。どうやらあれは人払いの合図だったようだ。
それにしても文芳は、燕淑妃とはまた違う系統の美人である。燕淑妃は崔国風の美しさだが、文芳はそれとは違う美しさだ。そして雨妹があの小屋で感じた「見たことがある」という印象の理由に、今になって気付く。
「そうか、何姉弟と似ているのか」
雨妹は思わずそう漏らす。
そうなのだ。文芳は特に、外面用のすまし顔をする宇とよく似ているように思う。宇と静がもっと大人になれば、きっともっと似てくるのだろう。
「あら、よくわかったわね」
この雨妹の独り言を秀玲が肯定した。
「青州伊家は苑州何家の傍系ですもの、似ていてもおかしくはないわ」
「そうだったんですか!?」
けれど青州は内乱の末に苑州から分離独立した州だと教わっているので、なるほどこの両州での血縁関係は多いだろう。けれど一方で、太子は何姉弟と似ていると感じたことはなかった。あちらは崔国寄りの容姿である。そこは上手い具合に父の遺伝子が作用したのかもしれない。
それにしても燕淑妃も美しい人であったし、貴妃と淑妃を特上の美形で固めるとは、あの父もなかなかにやるものだ。雨妹に良く似ていたという地味顔系の母にぞっこんだった父だが、審美眼は普通にあったらしい。なんて、雨妹は失礼なことをつい考えてしまう。




