598話 太子との問答
「雨妹は本当に、事の中心に嵌り込む才能があるよね」
雨妹が説明を終えると、太子からも立彬と似たような言葉を貰ってしまった。そんな才能は要らないというのに。
「ふぅむ、燕淑妃がそんな大胆な行動に出る方だとは思わなかったが……」
太子はそう言いながら少々思案する顔になってから、立彬に目をやる。
「燕淑妃宮の事情は話したのかい?」
「は、あらかたは」
尋ねられて立彬が頷くと、太子が雨妹を見た。
「燕女史の病とは、具体的にはどのようなものなのかな?」
この太子の疑問に、雨妹は答える。
「甲状腺の病だという陳先生の見解です。甲状腺というのは、喉のこの辺りにある器官で、この甲状腺が炎症を起こすことで身体に様々な不調が現れるのです」
雨妹が自身の喉を示しながら説明していく。
「甲状腺の炎症は、女性に多い病です。症状の程度で差が出ますが、酷いと甲状腺が大きく膨らんでしまい、呼吸がしにくくなるようになってしまいます。または、目立つ瘤になる場合もありますね、こんな風に」
雨妹が瘤の大きさを喉にあてた手で表現してみせると、太子も秀玲も、立彬すらも顔色を悪くした。
「瘤か、それは怖い」
太子が眉をひそめて自身の喉を触る。この病の存在を知らなければ、きっと傍目には患者が異様な姿に見えることだろう。
雨妹はさらに語る。
「その一方で、甲状腺の病は軽度であれば、あの年頃の女性にありがちな他の病の症状と被ってしまい、気付かれないままに見過ごされてしまいがちです。燕女史の場合は早めに気付けて幸運なのですが、ご本人にあまり切迫感がなくて……」
「重職にある身が健康を軽んじるのは、確かに問題があるね。配下の身の振り方にもかかわるのだから」
雨妹の懸念に太子が理解を示す一方で、秀玲が口を挟む。
「ねえ雨妹、燕女史にはその病とやらの知識があるのではなくって? だから医者を頼らないのではないの?」
秀玲は雨妹が先程サクッと要約して語った中の、「燕女史が道士でもある」という情報から、病にも詳しい人なのだろうと考えたのだろう。しかしこれはある意味陥りやすい思考の罠だと、雨妹は思う。
「秀玲さん、世の中には『医者の不養生』という言葉があってですね」
それはすなわち、他人に厳しく自分に甘い。もしくは詳しい情報があるからこそ、最悪から計算して「まだこの程度なのだから大丈夫」と楽観視してしまうことだ。前世でもそのようにして「大丈夫」「まだ間に合う」と言い聞かせて、結果重症に陥る医者たちのなんと多かったことか。つまり情報を持っていることが、有益に働くとは限らないのだ。
「人間とは、何故か自分を例外にしたがる生き物なんですよ」
「似たような話は医者でなくても聞くし、わからなくはないわね」
この雨妹の力説に、秀玲も理解してくれた顔になる。
「なるほど、なるほど」
ここまでの話を聞いて、太子がしばし思案するように目を伏せてから、雨妹をひたりと見つめた。
「それで雨妹は、具体的にどういう状況を望むのかな?」
そう問いかける太子の表情が、どこか試すようなものに見える。雨妹はこれに負けまいと背筋を伸ばす。
――政治のアレコレなんて、私には関係ないんだから。
雨妹が気にするのは、あくまで患者の健康だ。
「私と陳先生は、燕女史に自らの意志で診察を受けてほしいのです。今一番の問題は、燕女史に治療を受ける気が全く感じられないことですから」
そう述べる雨妹に、太子が首を傾げた。




