595話 一緒に悩み中
このように燕淑妃宮についてより知れたことだし、これがいよいよ肝心の質問だ。
「燕淑妃宮に自然な成り行きで入る方法って、ありますかね?」
問われた立彬は、しばし無言が続いたのだが。
「……難しいな」
ボソリとそう答えた。
――立彬様でも難しいのか。
それでも雨妹は諦めきれず、なんとか知恵を絞る。
「お掃除案件もないですかね? 私、たまに色々な宮の厄介事要員で呼ばれるんですが、それを縁故で紹介してもらえたりとかできませんか?」
雨妹にとっての一番の手段を、しかし立彬は「できないだろうな」と切り捨てた。
「掃除は一番機密が漏れる恐れがある仕事で、それこそ余所者に入ってほしくないだろう」
確かに、掃除で出るごみからは色々な情報が推測されてしまうものではある。
「むむぅ。なら楊おばさんに頼るのも難しいのか」
それから他にも立彬と二人で色々と考えるが、どれも否定の可能性が濃厚であり、すぐに手詰まりとなってしまう。
――なんなの、燕淑妃宮って難攻不落の要塞かなにかなの!?
雨妹の中で癇癪が爆発しそうになった、その時。
「母上に相談してみるか」
立彬が実に嫌そうな、渋々という顔で述べた。
「秀玲さんですか?」
雨妹が期待の視線を向けるのに、立彬がため息を吐きつつも頷く。
「元は伊貴妃の女官だった人であるし、なにか知恵を授けてくれるかもしれん」
「おお!」
なるほど、秀玲が太子の乳母であったという話は知っているが、すなわち太子の母の側近であるということでもあるのか。雨妹はそのあたりの人間関係がスポンと抜け落ちていた。
――そうだよ、秀玲さんはデキる女官様だもの!
それなのに取っ付きにくさを感じさせず、雨妹が「秀玲様」ではなく「秀玲さん」と呼んでしまうほどの包容力の持ち主である。
「けど立彬様は、なんでそんな嫌そうなんですか?」
雨妹が尋ねると、立彬はこれまた嫌そうに言った。
「頼りにすると、鬱陶しいほどに絡まれるからだ」
どうやら母としては、息子がいくつになっても可愛いらしい。それは雨妹もわかるので、立彬は甘んじて甘やかされてほしい。
「まあいい。今なら母上は明賢様のお戻りの準備中のはずだから、捉まるだろう」
というわけで、東屋から移動しようとなったのだが。
「あ、ついでにもう一つ、立彬様に聞きたいんですが」
雨妹が引き留めると、立彬が「なんだ」と振り返る。
「呉様はどんな人ですか?」
この雨妹の質問に、立彬はぐっと眉を寄せた。
「そう言えば、あの方とも会ったのだったか」
「そうなんです。見るからに強烈な人だったんで、こちらも気になりまして」
雨妹がそう話すと、立彬は複雑な気持ちを飲み込むような顔をした。
「呉殿が皇后宮に配置されたのは、おそらく陛下による皇后陛下対策の一手だろう。特に、皇后陛下が突然『懐妊した』と言い出すのを避けたいのだ」
そう語る立彬は、表情を消そうと努めているように見える。
――懐妊の事実を作るために、誰かを外から連れ込むかもしれないってこと?
確かに皇后の懐妊というのは大いに曰くがある。かつて雨妹は大偉と同時期に産まれ、そして姦通の濡れ衣を着せられた母と共に追放された。その際に皇后に今考えたような黒い噂があったというのは、雨妹も小耳にはさんでいる。なにしろそうした偉い人の下世話な噂ほど、下っ端同士で盛り上がるのだ。
とはいえ、雨妹にとっては過去のことであり、今となってはもうどうでもいい。幼少期の苦労をしなくてもよかった可能性を考えればとても悔しいが、かといって今の人生を否定するなんてできはしない。今が楽しければいいのである。
――でも、不幸な子どもを無駄に増やすなんて、駄目だもんね!
現在の皇后は当時よりも歳を取ったとはいえ、出産が不可能な歳でもない。そして、そのようにして生まれた子どもを、あの皇后が健やかに育てきれるとは思えなかった。あの大偉がいい例である。父もそう思うからこその対策だろう。
「皇帝陛下はお優しいですね」
雨妹がニコリと笑って言うと、立彬もふっと表情を緩めた。