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百花宮のお掃除係~転生した新米宮女、後宮のお悩み解決します。  作者: 黒辺あゆみ
第十三章 新たな後宮模様

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587話 そろそろ現実を見よう

「疲れましたね」

「そうだな」


雨妹ユイメイと陳は二人で頷き合って建物の中へ戻ると、飲みかけたまま放っていた自分たちの生姜湯に口をつける。すっかり冷めた生姜湯は、むしろ緊張で火照った身体には心地よい飲み心地であった。


「あ~、ついでに生姜を切るのを手伝ってくれ」

「いいですよ」


というわけで、雨妹と陳は二人でモソモソと生姜を手に取る。

 シャリ、シャリ……。

 しばし無言の空間に、生姜を切る音だけが響く。


 ――いや、わかっているって、現実逃避はよくない。


 やがて雨妹は勇気を出した口を開いた。


「今さらな確認ですけれど、あの方ってイェン淑妃ご本人だったんですよね?」


とうとう言ってしまった雨妹に、陳は生姜を切る手を止める。


「俺もそうだと断言できるくらい面識があるわけじゃあないが、あの畏れ多い美しさは他にいないだろう」

「やっぱり、そうですよねぇ」


ようやく現実を受け入れた雨妹は、どうしてこうなったのかと何度考えてもわからない。なんだろうか、あの燕淑妃宮の人たちの逃げても逃げても追ってくる狩人みたいな現象は? 心の中でちょっとだけ興味を持つことすら、神仙様か誰かには見透かされているのだろうか?


 ――それにしても、本当に美人な人だったなぁ。


 話に聞いていて想像をしていた以上の美人だった。


「美人過ぎるって、間近にすると心を削られるものなのですね」

「わかる、ちょっとずつ疲労が溜まっていくんだ」


雨妹のそんな感想に、陳も同意してくれる。そう、美人というのは「そこそこの美人」くらいが、一般人の精神力には適当なのかもしれない。あの美人力は、それこそ皇帝くらいの存在の大きさでこそつり合いがとれるのかもしれない。

 雨妹がそんな風に考えていると、陳が大きく息を吐く。


「それよりも、お前さんがいる時で良かった、本当に。一人の時に来られたら困っただろうな」

「ああ、それもありますね」


確かに、ああいう偉い人は普通医者の方が会いに行くものであり、そのために身なりやら道具やらなにやらと、なにを言われてもいい様に色々と万全に準備をしておくものだろう。それがこうやって気を抜いている所に突撃訪問されては、驚き過ぎて心臓がいくつあっても足りやしない。


「ご本人はお忍びで来られたつもりであったのだろうが、あれは無理だ、ひっそり行動するなんて不可能な御仁だろう。どうしてアレでいいとされたのか、周囲はなにをしているんだ?」

「見て見ぬふりを続けるのは大変でしたね、お疲れ様です」


ようやくそのことについて愚痴を漏らせた陳を、雨妹は苦笑交じりに労わる。


 ――お忍びをするなら、お忍びだってバレないようにするのが最低限必要だよね。


 お忍びの上手さならば、あの父は髭を剃っただけの素顔で行動していても、不思議と「ひょっとしてアレ、皇帝では?」なんてヒソヒソされたことがない。存在感を良い感じに調節できているのと、自分の顔を知っている面子がいる場所では箝口令を徹底させているからだろう。

 それで言うと、今回の燕淑妃のお忍びは駄目出し満載である。あんなに一見して怪しまれること間違いなしのお忍びは、忍んでいると言えるだろうか? あの状態で外出を許すのだから、燕淑妃宮は余程その辺りの規律がユルユルなのか、はたまたなにか事情があるからなのか?


 ――けど、もう二度目は許さないで欲しい、心臓に悪いから。


 雨妹がそんなことを考えながら、ひたすら生姜を切っていたところ。


「先生はおられるか?」


入口から男の声がした。


「私が出ます」


雨妹は手に持っていた生姜を籠に戻し、速足で入口を見に行く。

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