585話 雨妹は頑張る
この人はなんだか、幡で出会ったリフィとは、また違う感じの自己肯定感の低さである。
――けど、考えようとはしてくれているんだよね?
彼女は会話を拒絶する風ではないし、この流れを途切れさせないためにも、なにか答えを捻りだそうと雨妹も考える。この人の好ましいところで、わかりやすく「これだ!」というものとは――
「そうだ、あなたはすごく美人です!」
雨妹が彼女をじっと見つめて導き出した答えは、コレだった。いや、もうコレしかないとも言える。
「雨妹、そうじゃあないんじゃないか?」
しかし陳に困った顔をされて、門番の人まで「なに言ってるんだコイツ」という顔をされてしまう。確かに、この人にとって美人であるというのは、「好き」とか「嫌い」とか以前の当たり前の事実なのだろう。けれど、雨妹がまず簡単に判断できるのは外見しかないわけで、ここから話を広げようと懸命に言葉をひねり出す。
「美人に生まれつくかどうかなんて、己の努力ではどうにもならない、天から授かった運です。親が美人だからとて、子も美人に生まれるとは限らないのですから。しかもそれがとてつもない美人であるならば、なおのこと。つまり、あなたはとてつもなく運がいい人ということ!」
「……まあ」
雨妹が語る内容が思ってもいない流れだったのだろう、彼女は驚いて目を丸くしている。
――よし、聞いてくれている!
雨妹は気を良くして、さらに口を滑らかに動かす。
「そのように運がいい人には、勝負ごとに挑みたい人ならばあやかりたいと願うでしょう。勝負とは力比べなどだけじゃあなくて、宝くじもあります。もうこれ以上はなにも足掻けないけれど、なにか一押し自分に足したい時に人が縋るのが、すなわち運です! その運があなたはとても強い、これって好ましいことではないでしょうか!?」
「……そのような気が、しなくもないかもしれません」
雨妹の勢いに釣られて、彼女もよくわからない返事をするのに、さらに畳みかける。
「美人であることで、嫌な事だってあるでしょうが、得をした事だってあるはずです。嫌だったり損をしたことはスパッと忘れて、お得なことだけを覚えておいて、『自分は豪運だ』と思っておくのです。少なくともそれで、自分が幸せな気分になれます! 美人に生まれた、その運の強さを生かすべきなのです――以上です!」
自分でも勢いでしゃべっているので、途中からなにを言っているのかわからなくなってきて、強引に話をまとめる。
雨妹のしゃべりをただただ聞いていた彼女は、驚き顔のまま固まっている。
――どうだ!?
雨妹は鼻息荒く反応を窺う。
「うん、お前さんは頑張ったぞ」
まずは陳が奮闘を褒めてくれたのが、ほのかに嬉しい。我ながらよくやったと思いたい。あとは、門番の人から「そんな論理は知らん!」と叱られないといいな、なんて内心ではほんのりビクついていると。
「ふふっ」
囁くような笑い声が、彼女の口から漏れた。
――笑った!
笑い声が小さいものの、美人の笑い顔とはこうも人を魅了するのかと雨妹がいっそ感心していると、彼女は門番の人を見た。
「郭比、わたくしは豪運なのですって」
「その意見には、なるほどと思わせられましたな」
どうやら郭比というらしい門番の人は、楽しそうにする彼女に眉を上げてみせた。
「わたくし、色々な誉め言葉を貰ってきたけれど、そのように言われたのは初めてよ」
「初めてをいただき、光栄です!」
雨妹はシャキッと背筋を伸ばして頭を下げる。




