57話 突然の問診
やがて部屋にお茶が運ばれてきて、席に着いた太子と黄夫妻の前に置かれたところで、太子が動いた。
「ではまずは、こちらの品を受け取ってほしい」
太子がそう言うと、ぞろぞろと様々な品を持った人たちが入ってくる。
彼らが持っているのは、潘公主への見舞いの品だ。
実はこの見舞いの品というのは、雨妹達と別動隊でやって来ていた。
太子からの見舞いとあって、当然品は豪華なものばかり。
なので厳重な警備で運ばれていた。
下手をすると太子本人よりも警備が多いかもしれない。
「このような殿下の心配り、大変うれしく思います」
そう告げた利民と一緒に、潘公主が首を垂れる。
「それにしても玉は風邪だと聞いていたのだけれど、もっと重い病だったのかい?」
心配する太子に、潘公主が弱々しく微笑む。
「いいえ、ただの風邪でございます。
ただそれ以来食欲がなくて、ずるずると引きずるうちにこのようになって……」
「私も玉殿にもっと精をつける方が良いと申しているのですが、食欲がなくてはどうにもならず。
様々な医者を呼んだのですが、一向に改善しないままでして」
利民もこの状態を放置していたわけではないと説明するものの、困り果てている様子である。
――風邪をひいたら食事をとらなくなったってことは……
雨妹には思い当る病気が一つだけ思い浮かぶけれど、それにしても疑問な事があるのだが。
雨妹が顎に片手を当てて「ふぅむ」と思考を巡らせていると、不意に太子が後ろを振り向いた。
「雨妹、君はどう思う?」
利民や潘公主を前にズバリと尋ねる太子に、雨妹は目を丸くした。
雨妹の今までの行動を見て来た太子から、なんらかの意見を求められるのは理解できるのだが。
――え、今ここで聞いちゃうんですか?
利民も潘公主も、供の娘に発言を促す太子に目を見張る。
それはそうだ、こういう場での雨妹のような下っ端宮女は、空気のようなものなのだから。
けれど、太子は押しが強い。
「気になる事があるなら、言ってごらん?」
再度そう促されるが、本当に意見を述べていいものか。
戸惑う雨妹が救いを求めて隣を見れば、立勇も「いいから話せ」と言わんばかりに頷く。
こうなったら太子は引かないと知っているのだろう。
――ええい、どうなっても知らないからね!
雨妹は控えていた後方から、少し前へ出る。
「では、潘公主にお尋ねしたく思います」
「……なにかしら?」
雨妹が本当に発言を始めたので、潘公主は驚きながらも応じる姿勢を見せた。
太子が促した会話を、拒否するのは失礼だからだろう。
太子の威光があるうちに、雨妹は質問をする。
「潘公主はお食事が、美味しく感じられますか?」
これに利民がムッとした顔をする。
「もしやこの屋敷で出される料理が、玉殿の口に合っていないと言うつもりか!?」
利民に反論されるが、雨妹はそういうことを言いたいのではない。
「そうではありません。
私が問題にしているのは潘公主の味覚――味を感じる能力なのです」
「……その方、なにを言っている?」
意味が分からないという様子の利民に対して、太子の方は気付いたようだ。
「雨妹、味が分からなくなる病気というのがあるのかい?」
太子がそう尋ねてくるのに、雨妹は頷きを返す。
「ございます。
風邪をひいた後の後遺症として、味覚障害や風味障害が出ることがあるのです」
「味覚障害に、風味障害ですか……?」
まだ疑問顔の利民に、雨妹は語る。
「はい、簡単に言えば味や香りを感じられなくなる病気です。
風邪をひいて口の中の味を感じる機能に支障が出たり、鼻の炎症で匂いの機能が低下することが原因の一つとされています」
雨妹のよどみない説明に、利民は眉をひそめた。
「恐れながら殿下、そのような話を私は聞いたことがございません。
その娘がでたらめを言っているのではないですか?
第一、味がどうのというのをどうやって確認する?」
前半を太子に、後半を雨妹に言った利民は、もしかして詐欺の手合いを心配しているのかもしれない。
この国でも重い病であることを告げて怪しげな壺を買わせるという商売が、あちらこちらで成り立っているのだから。
太子が連れている人物を怪しむのは、大変な失礼に当たることだ。
けれどそれでも、潘公主を妙な風聞から守りたいという気概が、利民から見て取れた。
そしてそれを太子も感じたのだろう、利民に対して無礼を責めない。
「利民はこう言っているけど雨妹、確認する方法はあるのかい?」
質問という形式ながら、太子の目は確認方法なくして雨妹が発言しないということを、確信しているようだった。
「もちろんございます。
つきましては、こちらのお屋敷でご用意いただきたいものがあるのですが」
そう告げた雨妹が言った内容のものを、利民が半信半疑ながらも屋敷の者に雨妹が告げた通りのものをすぐに用意するように命じる。
かくして雨妹の前の卓の上には、いくつもの小皿が並べられた。