573話 雨妹、修行中につき
その後、雨妹は余計な野次馬根性を起こさず大人しく過ごすに努め、掃除に没頭する日々を送っていた。
「ふぃ~、お掃除完了!」
雨妹は達成感に満ちた顔で汗を拭う。
三日前から倉庫の整理をやっていたのだが、これがまた後宮大改造の流れで色々な邪魔なものを雑多に詰め込まれているものだから、どこになにがあるのかわかり難い上に、埃っぽいことこの上ない。しかしやりがいのある作業でもあるので、余計なことを考えないように没頭するにはうってつけであった。
そんな雨妹の様子に、他の掃除係からは「アンタ、修行しているの?」とか言われてしまったけれど、案外間違っていない指摘かもしれない。雑念を捨てるための修行なのだ、これは。人生のちょっとした刺激は稀にあるから刺激なのであり、平和とは退屈な日々の繰り返しの中にあるもの。
今のところ立彬からの説教呼び出しはないので、燕淑妃宮の事情に片足を突っ込みかけていることはバレていないと、雨妹は思っている。この一線を死守するのだ。
――これ以上の深入り、ダメ絶対!
そんな決意を倉庫の片付けにぶつけていたわけだが、修行を兼ねての作業のおかげで、それもようやく終わった。
「どうよ、次にこの倉庫を使う人は驚き慄くといいわ!」
我ながらいい仕事ができたと自負できる雨妹は、妙に高揚した気分で「ふははは!」と誰も見ていない場所で高笑いをしてから、すぐにストンと我に返った。
「さ、ごみ出しまでがお掃除ですってね」
雨妹は倉庫の外にこんもりと積んだ、もう字を書くこともできないくらいボロボロの木簡などの、どう見ても再利用が不可能で、明らかにごみだと言い切れるがらくたを見やる。これはもう燃やすしかないので荷車に載せていくと、なかなかの量になってしまった。
「……これ、一度で運べる?」
ちょっと不安な重さになってしまったが、高揚感が未だに心にくすぶっていた雨妹は「いや、イケる!」と思って、そのまま荷物を減らすことなく運ぶことにした。
しかし、そんな気合はそう長くは続かず、ごみ焼き場へと向かう途中でへばって足を止めてしまう。
「……重い」
雨妹は最初こそ快調に荷車を引いていたのだが、やがてだんだんとその重さが負担になってきていた。そしてこういう時に限って、手を貸してくれそうな掃除係と遭遇しないのだから、微妙に不運でもある。やはり欲張って一度で運んでしまおうとせずに、二回に分けるべきだったか。
「あ~、私ってば最近こんなのばっかり。ダメだ、気持ちを切り替えるからちょっと休憩」
雨妹は道の端に避けた荷車に「よいしょっ」と腰かけて、竹筒から水をグビッと飲む。視界の先には宮を繋ぐ回廊が見えていて、そこを忙しそうに宮女やら女官が行き交っている。
――皆、忙しそうだなぁ。
その光景をボーッと見ていた雨妹であったが。
「……!」
その回廊がにわかにしゃべり声で騒がしくなってきた。どこかの一団がやって来ているのだが、その一団の先端にいる者たちの服装に雨妹はハッとする。
――あれは、皇后宮の人たちの格好だな。
雨妹的後宮図だと、皇太后のおまけ的な存在であった皇后だが、立彬曰く本来ならば皇太后と連座で処罰されるところを、皇帝から皇后の椅子を温める役割を与えらえたのだという。けれどそれで大人しく粛々と日々を過ごせる人であれば、あの人はそもそも皇后の座を皇太后から与えられていないだろう。




