571話 格の違いというものか
「見ての通りの端切れですし、ご禁制の品っていうわけでもないですもん」
「いいや、聞いた話だと揚州に入る他国から流れてきた品は、斉家が商隊を独占している上に関所もがっちり固めているから手に入らない。だから見本布でも珍しいんだ」
雨妹の言葉に反論する朱は、かつての兵士仲間から情報が入るらしく、そういう事情に案外詳しいようだ。
「ああ、それですか」
雨妹は朱の驚きを理解する。斉家が市場を独占して希少価値を高めるために、たとえ大した価値のない品であっても、それを持つ余所者には関所を通させなかったのだろう。ここで雨妹は現状を教えてやった。
「その斉家っていうのはもう、そんな力はないみたいですよ? 揚州の沈殿下がすごく頑張っていらっしゃるようで」
きっと今頃、沈の手でせっせと駆逐されていることだろう。
「だから関所でも、私が友仁皇子の一行だからという理由でもなく、他の旅人もよほどの品でもない限りは止められていませんでしたね」
これまではどうにかして丹や宜の目新しい雑貨品を持ち出そうと知恵を絞っていた旅商人たちが、あっけなく素通りできて拍子抜けしていたくらいだ。
これを聞いて、許が目を輝かせた。
「いいことを聞いたよ、自分で買い付けに行きたいね!」
「いや、道中の安全はまだわからない。兵士を辞めた昔の仲間がいるから、まずはそういう人手に頼んでみるのもいい」
前のめりの許に朱が待ったをかけるものの、夫婦で盛り上がっているようだ。
それにしても、斉家のやり口がみみっちいことこの上ない。
――徐州の黄家の関所は、そんなことはしてなかったじゃんね。
ご禁制のものを持ち出していないかは厳しく取り調べられるが、それ以外だと普通にお土産を持ち帰り放題だった。こういうところでも、斉家が大公としてやっていけなかった理由が見える気がする。人や物が自然と集まるように努力するのではなく、脅して今あるものをがっちりと囲い込むのでは、民心も離れようというものだ。
そう考えていて、雨妹はもう一つ教えておくことがあったのを思い出す。
「ああでも、行かせるならばあちらの風習に慣れた人がいいかもしれないですね。よく言えば人懐っこい、悪くいえばしつこい土地柄のようですから」
雨妹は沈から聞かされた、良い事も悪い事も孫子の代まで語られるという現象を教えた。
「そりゃあ怖い。人選は慎重にしなきゃだね」
「先に聞いておいてよかった」
「それさえ気をつければ、気の良い人たちですよ」
そんな風に話は盛り上がり、お土産を渡せたことだし、雨妹もなにか買い物をして帰ろうと、巾着袋や座具にすると可愛いであろう柄の布を選ぶ。それの支払いをしていて、雨妹は「そういえば」と気付く。
――許さんは、後宮の四夫人方と面識があってもおかしくないんだよね。
そうとなれば、聞いてみて損になることはない。
「あの、許さんは燕淑妃の宮に呼ばれたことはありますか?」
唐突な雨妹の問いに、許は一瞬きょとんとした顔になったが。
「燕様かい? ああ、あるよ」
あっさりと頷く許からは思った通りの答えであり、さすが元売れっ子宮妓だ。許であれば間近で燕淑妃を見ているかもしれないと、雨妹は期待が湧く。
「燕淑妃とは、どんな方ですか?」
「そうだねぇ」
雨妹からさらに問われて、言葉を探すように宙を見つめた。
「人形みたい、っていう言い方がしっくりくるかもしれない」
そして告げられた言葉に、雨妹は目を丸くする。