570話 世間話で盛り上がる
しかし許曰く、売れ行きの良い理由はまだあるのだそうで。
「菊祭りに向けて稼ぎ時だもの。みんな掘り出し物がないかと思って、市の隅から隅まで見てくれるの」
そう、皇帝が先だって、菊祭りを行うと宣言したのだ。それでも立ち入れない区画があるので規模は縮小されるだろうが、例年通りに行事を行うことで、民を安心させる狙いがあるのだろう。(※菊祭りについては書籍参考)
「宮城の外も、それで賑わっているしね」
菊祭りは後宮内の行事であるとはいえ、外城でもその後宮行事にあやかって、菊をあちらこちらに飾るのだそうだ。
――なにそれ、気になる!
後宮とは違ったお祭りになっているかもしれず、雨妹の好奇心が刺激される。
「外城の方も見てみたいですねぇ」
「宮城とは違う華やかさで楽しいものよ。機会があればいいね」
許とそんな風に笑い合ってから、話は後宮事情に移り。あの花の宴での事件について許が語る。
「驚いたよ、全く。知り合いが皆無事でなによりだけれど、楽器を失ってしまった娘がいてね。それはもう落ち込んでいたねぇ」
宮妓たちも手で持てる大きさの楽器ならば持って逃げることが可能だっただろうが、床置きして使うような大きな楽器だと、それができなかったと見える。さらに木製楽器ならば、よく燃えたことだろう。
「それは……楽師にとっての楽器なら、命の次に大事でしょうに」
人の命には代えられないとはいえ、雨妹としても大いに同情するところだ。
――うぅ~、東国許すまじ!
雨妹も当時を思い出して怒りが再燃する。
「そういう娘たちには、憐れんだ皇帝陛下から新たな楽器を下賜されたから、それは不幸中の幸いなんだけれどね」
しかしそれとて、ずっと手間をかけて育てた楽器とは勝手が違うのだそうだ。
「へぇ、やっぱり繊細なものなんですね、楽器って」
「そうさ、けど皆これからまたいちからやり直しだって、頑張っていたね」
そうやって前向きになれているのであればなによりだと、雨妹が「うんうん」と頷いていると、唐突に許がクスッと笑みを漏らした。
「でもその後、友仁殿下が揚州に向かわれるっていう行列は見物したよ。お前さんもいたのには笑っちまったさ」
「ああ、見送りの人たちの中にいたんですね」
許からそのことについて言及されて、雨妹は実はずっと背負っていた包みの存在を思い出す。
「友仁殿下のお供にと、特別に声をかけていただいたのです。色々あったけど、まあ概ね楽しかったですね。それで私、許さんにお土産があるんですよ!」
雨妹は包みを「よいしょっ」と降ろして、開いて中を見せた。中から出てきたのは色とりどりの端切れで、幡の市場で買った丹の人々が使う柄である。細かな模様が規則正しく詰まっている色鮮やかな布は、崔人には目新しいだろう。
「まあ! なんだいこの布の柄!?」
案の定、許はその端切れに食いついた。
「丹の国の人たちが好む柄なのですって。市で手に入れた見本布程度の大きさなんですけど。座具にしたり壁や床に飾ったりすると、雰囲気が変わるかと思って」
「まあまあまあ!」
許は端切れをとっかえひっかえ手に取って、すごくうれしそうに頬を緩めている。
「よく関所で没収されなかったな?」
こちらの会話を黙って見守っていた朱まで、身を乗り出して会話に加わってくるが、没収だなんて大袈裟だろう。




