569話 こちらは、嬉しい再会
「おお! ありがとうございます!」
雨妹はその札を、恭しい手つきで受け取る。
説明を聞いて浮かんだのは、前世で洗濯の際に入れる漂白剤だ。本当に効果があるかはおいておくとして、雨妹たち掃除係を助けようとしてくれる気持ちが嬉しい。普段あまり労わられることがない仕事で、日々の仕事は当たり前の作業と見なされ評価されず、むしろ手が行き届かない時だけ「怠けているんじゃない!」と叱られることが多いので、余計にそう思うのだ。
――良い人、誰がなんと言おうと良い人だよ!
雨妹は感動が頭の天辺から溢れそうだ。
「ちょうどこれからごみを焼きに行くところだったので、早速使わせていただきます!」
「うむ、励むとよい」
笑顔で礼を述べる雨妹に、女官は満足そうに頷く。
「花の宴であのような惨事があったばかりであるので、何事も念入りに動かねばな。宮の周囲も変わったし、わたくしも主の障りにならぬように、こうして地脈を整えて回っているのだ。女狐めがしぶとくも企んでおるようなので、隙は速やかに無くさねば」
「女狐」
雨妹は彼女の言葉に引っ掛かりを覚える。「女狐」とは敵に対して使うものだ。もうこの百花宮には皇太后はいない。となると、相手は皇后だろうか?
――皇后陛下って、いまいち影が薄いんだよねぇ。
そう考えて首を捻る雨妹に、女官がヒラリと手を振る。
「私も次に行くとしよう。ではな、張雨妹」
なんと、彼女にはこちらの名前を知られていたのであった。
そんな奇妙な女官との出来事から、数日後。
本日は市が開かれる日である。
「ふんふ~ん♪」
雨妹はご機嫌に鼻歌を歌いながら、市に向かっていた。ご機嫌な理由としては、ちょっと出世したのでこれまでよりも少しばかり早く買い物ができるようになり、売れ残っている品も多少多いだろうという期待がひとつ。
そしてもう一つの理由は、すぐに雨妹の視界に入った。
「お客さん、布を見ていかない?」
市の端にある狭い露店から声をかけられ、雨妹は笑顔で立ち止まる。
「はい、もちろん見ます!」
「ふふっ」
元気に頷く雨妹の様子に笑い声を零すのは、露店に座っている店番の女で、その背後には逞しい男が立っている。二人は知った顔の男女で、許子と朱仁である。
そう、許がとうとう小さいながらも店を持ったのだ。こんなにも早くに店を開けたのは、皇太后失脚の影響がある。許には幸運なことに、皇太后周辺を相手にして商売をしていた店が客を失った結果、かなりの閉業があったらしい。その閉業した店の一つを、許が手に入れたというわけだ。
「でもすごいですね、この市に露店を出せるなんて!」
「まだ、地置きの粗末な露店だけれどね」
賛辞を贈る雨妹に、許は謙遜しながらも嬉しそうだ。
この市には大店であることはもちろん出店資格であるが、それ以上に身元が確かであることがなによりも優先される資格であった。それ故に小さな店であっても優れた品を扱っていれば、狭くて場所が端の方になりはするが、出店が認められる。その点、許は皇帝から恩赦が認められた元宮妓として長く勤めたという点で、身元の確かさが認められたのだ。
加えて許と同じ手で店を手に入れた者は多く、この市に出る露店の顔ぶれもかなり変わっていた。顔ぶれが変わると品物も変わるため、客側からすると目新しくて良い。
「売れたみたいですね」
「おかげ様でね」
感心する雨妹に、許が満足そうな顔をする。
この許の店が扱っているのは布地である。並べられた品は若干閑散としていたが、おそらくは雨妹が来るまでにあらかた捌けたのだろう。布の上に置かれた値札を見てみれば、安価なものからそこそこ値が張るものまでになっていたが、その価格は主に宮女を狙ったもののようだった。
――高価な品で勝負すれば、大店に負けるに決まっているもんね。
許なりに知恵を絞って出店したようだ。