567話 案外付き合いがいい
「道士様って大きな組織とかあるんですかね? なにか巨悪的な敵がいるのですか? 世界の平和のために戦うんですっ!?」
無礼だとかは空のかなたに飛ばしてしまった雨妹は、かぶりつくように詰め寄ってしまう。
女官で道士だなんて、華流ドラマ好きとしては見逃せない属性持ちである人だが、何故今まで雨妹の耳にその存在が入ってこなかったのか? そして雨妹の目に見えていなかっただけで、どこかにファンタジー世界は存在するのだろうか?
「は、あ……?」
若干息まで荒い雨妹の様子に女官が少々引いていたが、「ゴホン!」と咳ばらいをして気を取り直す。
「道士はどの師に属するかで教えが違うな。あと巨悪についてはわからぬが、世の平和は皇帝陛下に願うがよかろう」
そして一つ一つ真面目に答えてくれた。
「確かに、平和を願うなら皇帝陛下にですよね」
雨妹も現実的な答えを聞かされ、興奮を落ち着かせる。
それにしても、雨妹のこうした暴走会話に付き合ってくれるなんて人は、実はそうそういない。こういう会話をした場合、大抵の相手は「あ、私用事があったんだった!」とか言って逃げられる。付き合いがよくて的確に突っ込みを入れてくれるのは、仲の良い宮女仲間以外だと立彬くらいだろうか?
――やっぱりファンタジー要素はないのかなぁ?
雨妹としてはガッカリだけれど、ちゃんと相手をされて嬉しいので、心情としては相殺だろう。
「最後に、お前が興味を示した札であるか。札はな、書いてある内容はさして重要ではない。心から天地に祈り、念を込めることが大事なのだ」
「ほうほう!」
しかしまたもやファンタジーへの希望が出てきて、雨妹の中で期待が高まった。
一方で、女官の方も雨妹を怪訝そうに見る。
「お前、わたくしを道士と知っても怯えぬのだな」
「怯える、ですか?」
そう言われて、雨妹の方こそ怪訝顔になる。今の雨妹は「興味津々」しかないのだが。まあ、あの皇太后の腰巾着だった道士には「イラッとする」の一択だけれど。
――怯えとはなんぞな?
心底不思議がる雨妹に、女官が苦笑する。
「今や道士とは後宮――いや、宮城においての厄介者だ。やたらに恐怖を振り撒き、立場が悪くなれば権力の後ろにすぐに隠れてしまう。皇太后のせいで、道士とはそうした連中だという認識が広まってしまった。悲しいことにな」
「ははぁ」
言われてみれば理解できる。雨妹にとって「道士」とは前世ドラマでの憧れのファンタジー職であるが、今の宮城では皇太后の権威の下で好き勝手していた男こそが、道士の代名詞なのだ。
「あのお方が道士代表だなんて、ほとんどの道士様にとっては迷惑この上ないでしょうに」
ほぅ、と息を吐く雨妹に、女官が「まったくだ」と頷く。
「わたくしの師兄方も、さぞ心を痛めておられることだろう」
そう言って女官は悲しそうに目を伏せた。
雨妹はあの皇太后お気に入りの道士はやたらに「呪いだ!」と決めつけるので嫌いだが、道士という人々全てが憎らしいわけではない。むしろ医術にとって道術とは隣人なのだから、仲良く助け合うのが世のため人のためだ。
雨妹がそんな風に考えていると、女官がさらに言う。
「それにあの医局の医官は良き医者のようだった。その者が道士に関りありと思われる事態は避けねばならぬ。でないと助けを求める者らが医術を疑い、結果疫病が流行ってしまうだろう」
真剣な顔の女官に、雨妹は目を瞬かせる。
――なるほど、陳先生を心配したのか。