566話 見逃せない属性
道士といえば、雨妹にとっては天敵的な存在であるのが、皇太后が傍に置いていた道士だ。
けれど一方で、華流ドラマでの道士とはオカルトやファンタジー担当の職業である。雨妹はこの世界でそうしたファンタジー現象を今の所目にしていないし、現実の道士はあくまで儀礼的な職業であると認識していた。本来は医術にも通じている大変ありがたい人々なのだが、雨妹が目にした道士というのが皇太后という権力者の威を借りた小物だったのが、非常に残念である。
しかしまさか、燕淑妃も道士を傍に置いているとは驚きだが、道士に対抗するには道士が必要ということかもしれない。それにしても今あの女官は呪文を唱えているのか、その様は雨妹が想像していた「道士」そのものに見える。
――もしかして今度こそ、本物の道士が来たぁ~!?
ここにきて雨妹の中で野次馬の期待値が上がり、若干のワクワク顔で見守っていると、女官の声が止んだ。
「ふむ、これであの女狐の手先めも手を出せまい」
彼女が満足そうに独り言ちると、ふと雨妹の方を見た。
「おや、まだいたのか。早く帰りなさい」
そしてまるでわんぱく坊主を諭すような口調で雨妹に告げた。
――この人の中で私って、どういう立ち位置なの?
雨妹がそんな疑問を抱いてしまっていると、「ああ、そうか」となにかに気付いた顔になる。
「そういえば、お前のおかげで余所から私が弱味にならずに済んだ。感謝する」
そう礼をしてきた女官に、雨妹はきょとんとしてしまう。偉い女官が下っ端掃除係に礼を言うなんて、そうそうないことだ。
なにしろ偉い人たちにとって雨妹なんて、勝手に動く箒のようなものだろう。それにあの時は、雨妹が医局に無理矢理連れて行ったようなものなので、体調が落ち着けば「下級宮女ごときが勝手をしてくれたな!」と、むしろ苦情が出る可能性の方が高かった。
――案外いい人じゃない?
むやみに居丈高な態度でもなく、ちょっと変な人みたいだけれども根は親切なのかもしれない。雨妹の中でこの女官の評価が好転しつつも、お礼に応じる。
「いえいえ、あなた様を手当したのは陳先生ですから、お礼はそちらにしてください」
手柄の独り占めは良くないので、陳の名前もここで出しておく。しかし、女官が「はて?」と首を捻った。
「陳? ああ、あの医官の名だったか。目が覚めて密かに抜け出したので、さて、あの後どうなったかな」
「はい?」
雨妹の方こそ「はて?」と言いたくなったのだが。
楊に言われて雨妹が知らせに走った燕淑妃の宮から、あの後出たであろう捜索人とはすれ違ったのだろうか? それ以前に、陳から身体の不調についての診察を受けていないのか?
――いやいや、色々と報連相はしておこうよ!
雨妹の中でまたもやこの女官の評価が激減したが、一応物申しておく。
「淑妃様の宮では騒ぎになっていたようですけれど、叱られませんでしたか?」
これに、女官は眉を上げる。
「やはり、門に現れたのはお前だったか」
女官が納得の顔になっているが、あの時の状況を最初から知るのは雨妹一人であるため、察するのはそう難しくはないだろう。
「ええ、陳先生もあなた様の行方が知れているのか心配していましたし、私の上司も同じく心配しましたので」
「なるほど、方々に心配をかけたのだな」
雨妹が燕淑妃宮に向かった理由を聞いて、女官は納得の顔になった。
「叱られるならばまだいいが、主に大泣きさせてしまった。お役目の遂行のことばかりを考えて己を疎かにしていたことで、主を悲しませてしまった己が不甲斐ない」
とたんにシュンとなって反省を口にする。
――真面目な人なんだろうなぁ。
ただ、なにかをやり始めると視野が狭くなるというか、思い込んだら一直線な気質なのだろう。暴走したら周囲の被害が甚大になりがちな類型でもある。
けれど今、そんな反省よりも優先するべきことがある。
「ところで、今のはなにをしていたんですか? あなたは道士様なのですか? お札はなんと書いてあるのですっ!?」
それは、雨妹の中の野次馬を宥めることだ。