565話 また会いましたよ
それは、雨妹がごみ焼き場へごみを捨てに向かう道中だった。ついでに自分がそこに溜まっているであろうごみを焼くまでが仕事なのだが、そろそろ空気が乾燥し始めているので、火を扱うには火事が怖い。それ故にごみ焼きは非常に気を遣う作業である。特に先だっての火災で後宮の多くの建物が焼け落ちてしまったため、より火の扱いには厳しい視線が向けられていた。
加えて仕事とは言え、ごみを焼いた後には焦げ臭さが身体や髪に沁みつくのが、どうにもいけない。なのでごみ焼き担当の後は沐浴の日だというのが、掃除係内でのだいたいの決まりである。
――さっさと終わらせて、沐浴の準備だ!
雨妹はそんな風に気合を入れて、三輪車を走らせていたのだが。
「……うん?」
雨妹はふと気になる人影が視界をかすめて、三輪車を止めた。
――いや、なんか覚えがあるな、こういうの。
この状況に既視感を感じていた雨妹の目に見えてきたのは、この辺りにはあまり似つかわしくない立派な意匠の服を来た女性だった。ついでに二度目ながらも顔に見覚えもある。
そう、先日助けた女官だ。
「また会ったよ……」
どうして「燕淑妃宮には近づかない」という目標は、こうも遂行が難しいのだろう? というより、彼女はここで一体なにをしているのだろう?
雨妹が観察していると、その女官は先日と同じ位が高い者がうろつくような場所ではないところで、なにかを探るように足元を見ながらウロウロしている。
――あからさまに怪しいじゃん。
このあたりは人があまり来ない場所だからいいが、人がいたら「不審者がいます!」と通報されるであろう。 今度は建物の隙間に挟まっていないだけ、多少マシかもしれない。
雨妹はしばし見ていたが、だいぶ迷った末にとうとう恐る恐る声をかけた。
「あの、なにをしていらっしゃるんですか?」
それに、女官がハッとして顔を上げてこちらを振り向くと。
「なんだ、またお前か」
何故か気が抜けた「やれやれ」というような呆れ顔で言われてしまう。
――それはこっちの台詞なんですけど!?
雨妹は叫びたいのをグッと堪える。いくらあちらが不審者全開であっても、こちらとあちらでは無礼だと罰されるには十分な身分差だ。
「お元気になられたようで喜ばしいですが、人気が少ない場所でお一人なのは危険ですよ?」
雨妹はなんとか笑顔を取り繕って注意を促すのだけれど、女官はそれを聞いているのかどうなのか。
「先日も思ったが、お前はこのような場所でなにをしているか?」
「それ、こっちが聞きたいんですけどぉ!?」
まさしく「お前が言うな」なことを返されて、雨妹はツッコミを心に仕舞っておけずに叫んでしまった。掃除係がごみ焼き場へ向かう道にいてなにが不思議だろうか?
――なんか、独特な人だな!?
どうして声をかけてしまったんだろうと、今くらい後悔したことがあっただろうか? 地団太を踏みたくなる雨妹に、しかし女官は微かに眉をひそめた。
「ここは悪い気が溜まっているから、他を通るようにしなさい」
そう言って女官は奥に向かってすたすたと進んでいく。
――本当に、ここでなにをしているの?
なんとなく雨妹がその後を追うと、少し開けた場所に出た。女官はそこで真ん中辺りに立つと懐から札を取り出し、地面に等間隔に置いていく。
「え!?」
雨妹がギョッとしている目の前で、女官はしゃがんで地面に両手をつくと、ブツブツと小声でなにごとか唱えだす。
――この人、ひょっとして道士か!?