560話 なんかいた
そんなことがあった後は、しっかりと掃除をこなしつつもおやつを美味しく食べた。ちなみに雨妹が大好物の饅頭と交換したおやつは、ドーナツみたいな見た目だが味はしょっぱい麺窩という食べ物だ。外はパリッと、中はふわっとした食感で美味しかった。
――もっとたくさんの宮女とおやつ交換をしたいなぁ。
様々な地方からかき集められているので、きっと崔国内のおやつを全制覇できそうな気がする。雨妹はそんな野望を抱きつつも、回廊掃除をこなして片付ける。
「じゃあ、持っていきますね」
「よろしく~!」
回廊掃除でそれぞれが掃き集めた塵や枯葉を詰めた麻袋は、三輪車持ちの雨妹が引き受けることにして、荷台に積んだ。その代わり掃除道具の返却を他の掃除係に任せるのである。
というわけで、雨妹はさっさとゴミ捨て場に行ってゴミを捨てて、さて帰ろうかと三輪車を戻らせていたのだが。
「うん?」
道の途中でなにかが視界に見切れた気がして、雨妹は三輪車を止める。
「えっとぉ」
雨妹が気になった辺りをキョロキョロ見渡すと、やがて異変を発見した。
曲がり角にある建物と建物の隙間に、誰かいる。その人は壁にもたれかかるようにして、かろうじて立っている感じだ。
――あれ、ひょっとして具合が悪いの?
そう思うと見過ごせなくなった雨妹は、三輪車から降りてそちらに近付く。
「もし、どうかしましたか?」
声をかけてみると、壁にもたれている人がおっくうそうに頭を動かして雨妹に顔を向けた。ぱっと見では、楊と同じくらいの歳頃だろうか。
「あ!」
その顔を見た雨妹は、思わず声を上げてしまう。
――この人、さっきの燕淑妃の集団にいた女官じゃないの!
他の人たちの姿はないし、一人だけこんなところでどうしたのだろうか?
その女官は怠そうな顔をしていたものの、雨妹を見て眉間に皺を寄せる。
「……疲れたから休んでいるだけだ、放っておけ」
彼女から案外しっかりとした返事があったが、「はいそうですか」と立ち去ることにはためらってしまう。なにしろ雨妹がごみ捨て帰りに通るくらいの道なので、「人が多く監視の目が行き届いていて安心安全」という区域ではない。そこへ位の高そうな女官が一人でいるのは、明らかに危ないのではないだろうか?
美娜の話やら先程の光景やらで、「燕淑妃の関係者には近づかない!」と心に書き留めていた雨妹だが、まさかこのような場面に遭遇するなんて、全くの想定外だ。
「このような場所に一人で休んでいると、危ないですよ? この後宮にも質の悪い輩というのはいますから」
「……」
雨妹の指摘に睨みを返す彼女は、「そんなことは承知している」とでも言いたげな顔だ。
「少し休むだけならば、きちんと休める適切な場所に移動しませんか?」
「余所者の世話にはならぬ」
きっぱりと断る彼女の余所者とは、余所の宮の者という意味合いであろう。確かにこの近辺には助けを求めに行ける宮がちらほらとある。けれど、具合の悪い人が助けを求めるのは、もっと違う適切な場所があるだろうに。
「あの、誰にも迷惑をかけない、安心な場所を知っています!」
雨妹はそう告げて、ドンと自分の胸を叩いてみせた。
というわけで。
「……で? 連れて来ちまったと」
「そうです!」
女官を背負った雨妹の姿に、陳が目を丸くしている。
そう、やって来たのは医局である。こういう時に頼るのは、やはり陳しかいない。