559話 考察してみる
こうして聞き込んだ燕淑妃像について、雨妹は考えてみた。
政治的均衡を保つため淑妃に選ばれたことで、周囲からは「中立」という皇太后に対する盾のような立場を強いられるようになってしまい、それ故に皇太后からきつく当たられたというところだろうか。
――可哀想な立場ではあるよね。
燕淑妃が皇太后に嫌がらせを受けていたのは確かなようだが、今となってはその皇太后がいなくなったわけだ。それだけ抑圧されていたのなら、なにかと口を挟む邪魔者がいなくなって清々するだろう。これまで燕淑妃を盾扱いしていた人たちは、皇太后という存在がまた燕淑妃にとっての重石であったことに気付かされることにもなる。実家の燕家も皇太后派がいなくなったことで、中立だったのが「燕家派」になる可能性もあるだろう。
なので燕淑妃が「私の時代が来た!」って思ってしまったとしても、不思議ではないわけだ。
皇太后みたいに宮城全体を支配下に置いてやろうという野望まではいかなくても、今まで邪魔されてできなかったことをやってやろう、くらいには思うかもしれない。
なるほど、立彬がわざわざ忠告してきたのは、そうしたことに巻き込まれる危険性があるからか。雨妹は今話を聞いただけでも好奇心がムンムンしているが、立彬からグサッと釘を刺された直後である。
「なんだか燕淑妃の宮には近づかない方が、平穏のためみたいですねぇ」
「そうだねぇ、妙なことに巻き込まれたくなければ、そうしなよ」
雨妹の感想に、美娜もウンウンと大きく頷く。やはり、大人しく無関係を貫く方がいいみたいだ。
――収まれ、私の野次馬心!
雨妹は己の中の欲望を鎮めるべく、ひとまず白湯を飲むのだった。
そんな話をした数日後。
「ふんふ~ん♪」
雨妹はこの日、回廊掃除をしていた。
回廊は庭園が望める景色が良い場所になっているので、掃除をしながらも目が楽しめるのでいいものだ。掃除区画分けされた隣の掃除係と休憩用のおやつ交換をしたりして、楽しく仕事ができていたのだが。
ざわっ
遠くから大勢がやって来る気配がして、雨妹は掃除の手を止めて端に寄る。下っ端掃除係は大抵の人間よりも身分が下なので、誰かが来ればいつでも頭を下げられる体勢にしておくのが正解なのだ。
雨妹は身をかがめながらも、気配の方を窺う。やって来るのは集団で、前を行く先ぶれのような宮女たちがそろいの衣装を着ている。
――どこかの宮の人かな?
雨妹はそう察しながら、彼女らが視界から過ぎるのをひたすらに待つのだが、それにしても集団なのに無言で足並みを揃えて歩いていくのが異様である。こういう場合は大抵、賑やかにおしゃべりの声をまき散らしながら通っていくというのに。
――なんか、軍隊の行軍みたいだな。
そんな感想を抱いていると、やっと集団が過ぎてしまう。
「はぁ~」
自然と息を止めてしまっていた雨妹が大きく息を吐いてから、その集団を改めて見送る。すると集団の中程にいる女官がふと後ろを振り返ったのと、雨妹は一瞬目が合った気がした。
そして行軍じみた一団が完全に見えなくなってから、回廊での緊張感が一気に緩む。
「はぁ~、さすが今勢いのある淑妃様のご一行ね!」
おやつ交換相手である隣の掃除係がパタパタと駆けてきて雨妹に話しかけるが、今聞き捨てならない台詞があった。
「え、あの方々が燕淑妃の宮の人たち!?」
ギョッとする雨妹に、彼女は「そうよ」と頷く。
「独特の雰囲気があるから、わかるじゃない?」
なるほど、確かにあの行軍じみた練り歩きは他では見ないに違いない。
――なんか怖いって、燕淑妃宮!
燕淑妃とは、知れば知るほど怖さが増す妃である。