558話 聞き込みしてみた
王美人の新居掃除を終えて、雨妹は家に戻って来たのだが。
――燕淑妃かぁ、そもそもどんな人だろう?
面倒を避けるにしても、その人となりを知っておいた方がいいに越したことはない。「彼を知り己を知れば百戦殆からず」と前世でも昔の偉い人が言っていたではないか。燕淑妃側の行動範囲を知らなければ、うっかり遭遇を避けることもできやしないのだ。
というわけで、聞き込みをしようと思った雨妹であったが、噂の燕淑妃は後宮内での時の人のようで、わざわざ集めようとしなくても噂は入ってくる。
その内容は、おおむねこのようなものだった。
「大変お美しい人である」
「年齢不詳の見た目」
「密かに道士を集め、若返りの秘術を施させているらしい」
雨妹が聞いたのはだいたいこの三種類で、美容に関するものばかりだ。
――燕淑妃が変な噂まで立っちゃうくらい、美人さんってことなんだろうけれどさ。
けれど華流ドラマだと「美」というものを巡っては、物騒な話がついてまわるものだった。美しさのためには、金も他人の命も湯水のようにつぎ込むという話がざらにあった。なのでどうしても雨妹の中では、怪しい印象ばかりが膨らんでしまうのは確かである。
まあ、このような雨妹の中での妄想はおいておくとして。
「見た目のことだけで、性格とかそういう話があんまりわからないんですよねぇ」
「ははぁ、燕淑妃ねぇ」
夕食時の食堂にて、雨妹が汁麺をすすりながら集めた噂話を披露するのに、目の前に座る美娜は首を捻っている。
「確かに他の有名どころの妃方と違って、そもそも噂になるようなお人ではないねぇ」
「やっぱり、そうなんですかぁ」
美娜が告げることに、雨妹は唸る。
「アタシは燕淑妃を遠目だけれど見たことがあるよ、お美しかったねぇ! 公主様がいらっしゃるし、その公主様もお嫁に出ているから、それなりのお歳なのは確かだろうけど。そうは見えない方なんだ」
「へぇ~!」
なるほど、年齢不詳という噂は真実らしい。
一方で幸いなのは、燕淑妃の子が公主であり、既に臣下へ降嫁しているのであれば、大偉の時のような太子の座を巡る問題には発展しないことだろう。けれどそんなにも美人な燕淑妃の公主なら、母に似ればさぞかし美人であったことだろう。
「燕淑妃の公主殿下も、やはり美しい方なのでしょうか?」
雨妹が若干ワクワクして聞くと、美娜はなんとも言えない顔になった。
「公主様の方はアタシも実際に見たわけじゃあないが、そうらしいね。その美しさに他国の王から目をつけられて、妃にと欲されたこともあったね。けどそれも皇太后陛下の大反対もあって、結局臣下の方のもとに嫁いでいかれたのさ」
「ありゃりゃ」
熱い恋のお話しが出るかと思いきや、なかなかの泥沼話だった。他国の王族と縁付くと燕家の発言力が増すので、皇太后は自分の権威を越えさせるのが我慢ならなかったのだろう。
「その公主殿下の降嫁先を決めるのに、殿方の間で取り合いになったりしなかったのでしょうか?」
燕淑妃の家が中立とはいえ、だからこそ派閥に取り込む余地があるとも言える。おまけに当人がかなりの美人となれば、嫁に欲しいと考える男たちが大勢いたことだろう。
「それなりに騒動になったみたいだよ。色々な有名どころの公子方がその公主様を嫁に欲して、それにもまた皇太后陛下が気分を害してねぇ」
結果、皇太后が満足する降嫁先から選ぶことになり、かなり格下の家となってしまったらしい。なんというか、とことん皇太后に振り回されている公主である。
――けど、なにが幸せかは人それぞれでもあるか。
そうやって巡り合った夫と、案外気が合っているかもしれない。けれどだからといって、さんざん邪魔をされては不満を溜め込むものである。
「お可哀想な目に遭うことが多かったからだろうね、燕淑妃の宮はとことん内緒事が好きで、他人を信用しないって話さ」
美娜の言葉に、雨妹は目を瞬かせる。
「それって、秘密主義ってやつですか?」
「そうそう、そんな感じさね。仕えるのも宮女に至るまで、主への忠誠心っていうの? それが強いって聞くよ」
「へぇ~!」
秘密にされると、逆にがぜん興味が湧いてくる雨妹である。




