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55話 美味しい料理とは

 前菜で空腹を刺激したところで、料理が次々に運ばれて来た。

 そのどれもが美味しいそうな香りを放っている。

 そしてなによりも驚いたのが。


 ――魚料理があるよ!


 それも干物ではない魚だ。

 魚を丸ごと蒸し焼きにしていて、それに生姜などの香味野菜を盛りつけたところに、熱い油を回しかけている。

 これは鮮魚ならではの料理だろう。

 後宮でも魚は食べられているが、川魚だったり塩気がきつい干物だったりするものばかり。

 それでも厨房で色々工夫がなされているのだろうが、やはり味がいまいちだった。

 けれど干物ではないということは、この街は漁港から魚が届く程度の距離なのだ。


「あの、ここから海って近いんですか?」


雨妹(ユイメイ)の疑問に「よく気付いたね」と目を見張った太子が、海について教えてくれた。


「ここから半日程度の場所にある佳には、大きな港があるんだよ。

 私たちの目的地でもあるけど」

なるほど、噂の公主は港町に住んでいるようだ。

 新鮮な魚介が食べ放題だなんて、いい所にお嫁に行ったものである。


「港ですか、だから舶来物の取り扱いがあったんですね」


雨妹は今世で未だ海を目にしていない。

 この世界の海も、果たして青いのだろうか?

 そんな風に海に思いを馳せる雨妹の様子を、太子はどう見たのか。


「せっかくだし、帰りに港の方まで足を延ばしてもいいね。

 きっと君には珍しい物ばかりだろうし」


太子がこんな提案をしてくれる。

 どうやら海を知らない雨妹を慮ってくれたようだが、これは大変嬉しい提案と言える。


 ――新鮮なお魚が食べられるの!?


 海への期待で雨妹の心は早くも海へと飛ぼうとしていた。

 しかし美味しい海鮮との出会いの前に、まずは目の前の夕食だ。

 先程同様にすべての皿から一口ずつ取り分けて食べるが、そのどれもが美味しい。

 卵の湯菜(タンツァイ)、つまり卵スープはシンプルながらに濃厚だし、餃子もジューシーだし、なにより魚料理に感激である。

 しかし感激しているのは雨妹だけではないようで。


「出来立ての料理が味わえる幸せというのは、格別だね」


卓の向こうで、太子がそうしみじみと言った。

 妃嬪(ヒヒン)達ですら出来立て料理と縁遠いのだ。

 生まれた頃から後宮で育った太子は、温かい食事を口にする機会そのものが稀であるに違いない。


 ――やっぱり偉いっていうのも大変だなぁ。


 そうしみじみと感じる雨妹だったが、太子は続けて話す。


「それに外で食べる料理は宮で出されるものより、特別美味しく感じる。

 不思議だよね、あちらの方が絶対に高級な食材が使われているはずなのに」


太子が可笑しそうにするけれど、それは別に不思議でも何でもない事だ。


「当然ですよ、食事は五感で味わうものですから」


雨妹が当たり前の顔で告げると、太子も立勇(リーヨン)も目を丸くした。


「……五感というと?」


不思議そうな顔で尋ねられ、雨妹は首を傾げる。


 ――あれ、こういう考え方って普通しないの?


 変なことを言ってしまったようだが、出てしまった言葉は取り消せない。

 仕方ないので、雨妹は前世での栄養学の知識を語った。


「視覚・聴覚・触覚・味覚・嗅覚の五つで五感です。

 明様が普段食べられるものは、毒見済みの食事ですから。

 どうしても時間が経ってしまい、料理の最良の状態からは落ちてしまうんです」


そうなると特に油のパチパチと跳ねる音や、出来立ての熱々の食感だったりは味わえないし、香りもしなくなっているだろう。

 その分感じる味の質が下がってしまうのは仕方ないのだ。

 そしてだからこそ、五感で味わえる外の料理の方が美味しく感じられるのだろう。


「なるほど、外での食事が美味しいのは、ちゃんと理由があったんだね」


太子はそう感心した後で小さく笑うと、「だからなのか」と呟いた。


「父上もね、よくお気に入りだった娘とお忍びで出かけて、屋台料理を食べたそうだよ。

 庶民出の娘だったから街を歩くのに慣れていて、宮に籠っていては知らない世界を見せてもらったとか」


思いがけない皇帝の昔話に、雨妹はドキリと胸を鳴らす。


 ――それって、母さんのことかな。


 だとすると皇帝と二人お忍びで屋台デートとは、母もなかなかやるではないか。

 雨妹の中の母は、どうしても悲劇のヒロインになってしまっていて。

 それが後宮生活が辛いばかりではなく、楽しかったこともあったと知ると安心する。

 それに今太子と立勇と三人、楽しく会話をしながら食事を囲んでいる。


 ――これってなんか、家族団欒っぽいかも。


 尼寺育ちの雨妹は、食事は黙々と食べるように躾られた。

 けれどそれは前世での賑やかな食事の記憶がある分、余計に寂しい気持ちになるもので。

 だから宮女達との賑やかな食事だって新鮮な気分だったし、こうして和やかに会話して食べるのだって楽しい。


 ――楽しい食事は、やはり一段と美味しいね。


 そう再確認してにへらっと笑う雨妹に、太子と立勇が顔を見合わせていたなんて、気付くことはなく。

 こうして美味しい料理をお腹一杯に食べて部屋へ戻ると、布団に誘惑されそういになるが、まだやることがあるのでぐっと堪える。

 そう、パンツを縫うのだ。

 本日買ってもらった絹の布を広げると、さすがに裁ち鋏は持っていないため、糸切り鋏でなんとか布を切ってチクチク縫う。

 慣れた作業なので早いもので、やがてパンツが二枚完成する。


 ――これでよし!


 早速パンツを着替えると、脱いだものは店の人に聞いた洗濯場に行って洗って、室内へ干す。

 そしてこれでようやく眠れると、フカフカの布団へ飛び込めば、速攻で夢の中へと旅立つのだった。

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