554話 掃除もちゃんとやる
「友仁は他の皇子らとは目の付け所が違うな」
「まぁ! 友仁殿下も男の子ですもの、冒険心が疼いて仕方ないのでしょうか。陛下の血筋ですね」
そう言って機嫌良さそうに顎を撫でる父に、王美人がクスクスと笑う。雨妹も同様に感じたものだが、それに情報を付け加える。
「胡安さんが仰ったのですが、友仁殿下の性格はまさに胡家の血筋だとか」
胡家の始祖は行商で財を成した人であり、その人が珍しい品が大好きだったため、胡家の血筋は目新しいものを好む者が多いのだという話を、雨妹は父と王美人に語って聞かせた。
「現在の胡家はそうした始祖の方の生業である行商を未だに本来の家業と見なす一派と、都に定住し始めてから手に入れた今の身分を大事にして維持する一派とに分かれているのだそうです。友仁殿下は始祖様の血筋なのだとかで、胡安さんはとても嬉しそうでした」
「ほう、そのような胡家の話は初耳であるな」
この話を、父が目を丸くして聞き入っていた。
「ということは、皇太后の失脚で特に痛手を受けたのは、身分大事な一派の方か――なるほど」
そう言ってしばし考える仕草をしていた父が、やがてニヤリとした。
「色々と考える余地がある話よな。とにかく、友仁のために朕がよき褒美を考え、せいぜい沈めから金をふんだくってやろうぞ」
「陛下、悪いお顔になっていますよ」
王美人が「困った人だ」と言いたげに苦笑している。けれど友仁の要望は、どうやら叶えてもらえそうでなによりだ。そして沈はきっと請求書が送られてから、金額の大きさに驚くことだろう。
――沈殿下ってば、ちゃんと話を詳しく聞かないから、こうなるんですよ!
さて、友仁の家がどうなるのか、雨妹も楽しみにしておこう。案外どこかにポーンと小さな街ができてしまうかもしれない。
そのようにして雨妹が皇帝との対面を果たした後。
父は王美人との二人きりでの語らいの時間に突入したので、雨妹は部屋を辞して掃除にとりかかることにした。けれど以前と違い、ここでは十分な人員が配置されているため、前の屋敷程には掃除の必要はない。
ただ、雨妹を案内する宮女が言うには。
「莉公主のお部屋を整えてほしいと、主からのお言葉でございます。殿下のために、真に快適な部屋にしてあげたいという主のお気持ちでございますれば」
なるほど、どうやら王美人が雨妹の仕事を求めたのは、莉の生活についての意見が欲しかったようだ。王美人自身も喘息持ちであるので、莉の気持ちがわかるのかもしれない。
そんなわけで、雨妹は莉の部屋へ向かった。
先程別れた莉は、王美人から話を聞いていたのか、部屋で雨妹が来るのを待っていた。
「莉公主、お部屋の中を色々と見せていただいてよろしいですか?」
「はい、どうぞ」
雨妹が伺うと、莉が頷く。
こうして雨妹は部屋の中をウロウロとして端々まで見てみて、気になったのは。
――華やかなんだけれど、ちょっとごちゃごちゃしているんだよねぇ。
莉が女の子なので部屋を可愛くしてあげたいというのが、お付きの女官や宮女らの気持ちなのだろう。莉のために行われたことなので、その心持ちはいいものだ。特に寝台周りを華やかに演出しているのは、寝台が部屋の中でも大きくて目立つ家具だからだろう。
けれど莉が患うアトピー性皮膚炎は、埃やダニの死骸なども発症要因なので、布類がごちゃごちゃしていたり、風通しが悪かったりするのは避けたい。
――簡素と可愛いを同時に演出するのは、なかなかに難しいよねぇ。
けれどそれこそ、お付きの女官や宮女らの腕の見せ所ともいえる。なので雨妹はまず莉本人から、かゆみが出がちな状況を丁寧に聞き取り、その原因らしき場所を特定する。
「長く居ることが多い椅子と寝台周りが、やはり問題みたいですね。その辺りでは布類をあまり重ねない方がいいでしょう。掃除を念入りにするにしても、やはり皮炎の発症原因がない方がいいですし」
雨妹の意見を聞いて、お付きの者らが頭を突き合わせている。
「ならば、使うとしたなら一枚布となる」
「質が良い布を改めて揃えておきます」
「西方の珍しい染め物がなかったかしら」
「家具そのものを変える方がいいのでは?」
真剣な眼差しで話し合う彼女らの熱量が高く、王美人のために父もかなり人員の質を厳選したと見える。皇太后を気にする必要がなくなり、やっと大手を振って色々と与えられるようになったのだ。




