553話 ご褒美のために
雨妹が改めて椅子に座ると、王美人自らの手で入れた甘い香りの花茶の杯がそれぞれの前に置かれる。王美人が飲んで見せたのに続いて父も口を付けた。
「異国を感じる香りだ」
「ええ、雨妹は良いお土産を選ぶ才能がございますね」
「へへへ」
父と王美人に褒められ、雨妹は照れながらも鼻高々である。
こうしてお茶で人心地ついたところで、父が話を始めた。
「問いたいのは、友仁の褒美の話だ。あの沈から、『邸が欲しくば金は出すから勝手に買え』というようなことを言われたらしいな?」
「はい、そうです」
質問に頷く雨妹に、父が告げる。
「それで朕の耳へ入る友仁の要望が、どうにも要領を得ぬでな」
なるほど、友仁の褒美について詳しい情報を集めようというのか。
昨日、皇帝の前で友仁の帰還の挨拶が為されたはずだ。友仁と胡安が皇帝と面会したのだろうが、二人共にとてつもなく緊張して、儀礼的な言葉を発するだけで精一杯であったに違いない。友仁もいくら父とはいえ、滅多に顔を見ない上に宮城の立派な部屋の真ん中に立たされては、緊張するなという方が無理であろう。胡安に至っては、一生間近で顔を見ることもないと思っていたであろう皇帝である。
だがそれでも、立勇や明あたりが話をしているだろうし、友仁一行に潜ませていた影たちから、話は聞けているのではないだろうか?
――ああでも、呂さんはずっと友仁殿下を見ていられたわけでもないか。
そもそも友仁は表立っての護衛がしっかりいるのだから、呂が友仁に張り付くことはなかった。それに影とは遠くから見守るものだろうし、呂以外の者らが友仁の言動を正確に把握するのは難しかったとも思える。あるいは影というのはあくまで見聞きした事実を報告して、想像や推測を口にしないのかもしれない。
あとは胡安たちだが、彼らから父が直に聞き取りするわけもなく、それをするのは官吏たちだ。明は父と直に話せたかもしれないが、明も友仁の側に常に張り付いていたわけではない。友仁も明のことを「皇帝陛下の側近」と見ているので、雑談をする相手とはみなしていなかった。
そういう雑談相手をしていたのは、雨妹である。あと雨妹の側にいることが比較的多かった、立勇もそうであったか。
それに胡安などは友仁の望みをある程度把握していただろうが、偉い官吏は聞かされた友仁の要望を突飛なものだと考え、「皇子がそのようなことを申されるはずがない」などと言いそうだ。
――偉いと本人から直接話を聞けなくなるんだから、大変だなぁ。
雨妹が苦労を察したような顔になったのがわかったのか、父が口元を緩めてみせる。
「朕が聞かされたのは、『ややこしい建物が欲しいらしい』ということだけだ」
それで確かに間違ってはいないが、圧倒的に説明が足りていない。
「雨妹よ、そなたは友仁の望みをなんと答えるか?」
父に改めて問われた雨妹はお茶で喉を潤してから、背筋を伸ばして答えた。
「はい、私が思いますに友仁殿下は、自分専用の隠し通路が欲しいのだと思います」
「ほう、隠し通路とな」
雨妹の言葉に、父が眉を上げる。
「実は今回滞在した沈殿下のお邸というのが、隠し通路が満載の建物でして。友仁殿下はそうした隠し通路に興味津々だったのです」
他にもお忍びで街歩きをした際に、裏路地に行きたがったことなど、とにかく「どこに通じているのかわからない道」というのに、非常に関心があったことを伝えた。
「仕舞いには、ご自身でも沈殿下の住まいのような邸を持ちたいという願望を口になさっておられました。あれが友仁殿下の理想の家のようですね」
「はっはっは! そういうことであったか」
雨妹が語り終えると、父が大いに笑った。