551話 さあ、出動だ!
休養日はあちらこちらへとお土産を配りまくって一日を終えた雨妹だったが、それから明けて翌朝。
「よぅし、今日からまたお掃除だ~!」
本日早速掃除係復帰である雨妹は、食堂で餡かけ飯をモリモリ食べてから気合を入れた。
「がんばってきなよ」
「はい!」
食器を返す際に美娜に声をかけられ、笑顔で応じてから王美人の宮へ向かう。
「ここかぁ」
到着した雨妹はその場所をまじまじと見る。
王美人の以前の屋敷は「ちょっと裕福な庶民の住まい」くらいの建物であったが、新たな住まいであるこちらは、門構えが立派な貴族らしいものであった。門前にもちゃんと門番がいるので、お付きは女官一人だけだった以前とはえらい待遇の違いである。
「掃除に来ました、張雨妹です」
掃除道具を抱えた雨妹が門番に名乗ると、普通に掃除係として通されるかと思いきや、案内らしい見知らぬ宮女がやって来て、どこかへ連れて行かれることになった。
――やっとこういう人員を回されたんだなぁ。
多くの妃嬪――しかも上位の者らが追い出されたことで、主と共に尼寺行きとなった側近以外の下働きの宮女たちが余り、そうした人員が回されてきたのだろう。
むしろ王美人のお付きが一人だけだった今までがおかしかったのだが、これも皇太后の影響だろう。皇太后派ではない王美人は皇太后から仲間外れにされていて、わざと人を回されなかったのだ。けれど皇太后がいなくなった上に公主を預かることになったので、王美人を迫害するための言い訳がなくなった。
皇太后派ではないが、王美人を良く思ってもおらず静観していた妃嬪あたりは、さぞ悔しいことだろう。王美人が穏やかな本人の気質に反して敵が多いのは、子はいないが皇帝から寵愛されている以上、仕方のないことだ。
雨妹はそんなことを思いながら、案内されるままに建物の中を歩いていく。庭が見えたが、草木を以前の住まいからそのまま植え替えたようで、以前と変わらぬ庭の景色にホッとできる。
その庭に面した一室の前で、宮女が足を止めた。
「こちらでお待ちです」
そのように言われ、雨妹はとりあえず掃除道具を扉の横に置いてから、中へ入る。
「まあ雨妹、よく来ましたね」
すると中でお茶を飲んでいた王美人が立ち上がった。
「王美人、お久しぶりでございます」
雨妹が挨拶すると、王美人が笑顔で手招きしてくる。するとこちらは見慣れたお付きの人が、雨妹の席を作ってくれている。王美人の屋敷の掃除の際は、このようにお茶に招かれることがよくあったので、雨妹も遠慮せずに席に加わった。
だが座る前に、王美人の隣に座る人物に向かって礼の姿勢をとる。
「莉公主、お久しぶりにお目にかかれましたね」
雨妹の挨拶に恥ずかしそうにこくりと頷いたのは、王美人が預かることになった公主、莉である。
この莉は、林昭容の娘として後宮で暮らしていたが、その母である林昭容が虐待と育児放棄をしたために皇帝から罰されて、皇太后預かりになっていた公主である。だが皇太后が失脚してしまったため、皇帝から王美人に身柄を託されたというわけだ。(※書籍参照)
そして莉が林昭容から虐待される原因であるのが皮炎――アトピー性皮膚炎の症状である。その上雨妹と出会った時には水疱瘡も発症していて、肌荒れが酷い状態であった。
――肌は綺麗だし、顔色もいいな。
きっと穏やかに生活できているからだろう。皮炎は皮膚への刺激以外に心労でも悪化するため、生活環境全般の改善が大事なのだ。
雨妹が莉を観察しているうちに、目の前にお茶が置かれた。
「揚州に行っていたのですってね。お帰りなさい。大変だったでしょう?」
「まあ、それなりに、へへへ」
王美人のねぎらいの言葉に、雨妹はなんとも言えずに笑って誤魔化す。「沈殿下に振り回されて大変でした」なんて本当のことを、ここで言うわけにはいかないだろう。
「あちらは隣国に接している土地ですし、きっと珍しい品や景色ばかりだったのでしょうね」
そんな雨妹の様子を気にせず、王美人は話を続ける。
「はい、楽しく滞在できましたし、友仁殿下にも親しく接していただきました」
そこは本当のことを言えるので、雨妹は笑顔で話す。
「友仁お兄様は、お元気でしたか?」
遠慮がちに尋ねる莉に、雨妹は大きく頷く。
「ええ、とても。見知らぬ土地を観察するのが楽しかったようで、とても精力的に動いておられましたよ」
友仁も身体が丈夫というわけではないので、莉も異母兄のことを心配していたのかもしれない。
「莉公主も、兄君からたくさんの土産話を聞くことができるでしょう」
「はい、楽しみにしています」
雨妹の言葉に、莉も嬉しそうに笑みを見せた。
それからお茶をいただきながら、話せる範囲で揚州での出来事を語っていたら、ふとお付きの人が扉の隙間で外とヒソヒソとやり取りをし出した。
彼女が王美人の側に寄って言う。
「皇帝陛下のおなりでございます」