543話 ただ、それだけのこと
「確かにわざわざ苦労をせずとも、人はいつか死ぬねぇ」
普段は傭兵としてそこいらの人よりも死に近い生活をしているであろう胡霜が、えらく感心している。
人は寿命のある生き物だ。
そうでなくても、なにかの拍子にうっかり死んでしまうこともあるし、懸命に日々を過ごさなければ生きることが難しいかもしれない。
それは便利な物に溢れていた前世でも、案外そうだったように思う。
『いつか、必ず死ぬ……』
宇が告げた真理が衝撃だったようで、ジャヤンタは呆然としている。
「そうそう、人って本当に死ぬ時はうだうだやっている暇もなくて、案外さくっとぽっくり死んじゃうものなんだよ?
それがアンタは死なずにいるっていうことは、仙人様だかご先祖様だか、はたまた幽鬼だかが『まだ死ななくてもいい』って言っているんじゃなぁい?」
「死」というものを軽く言い飛ばす宇に、ジャヤンタだけでなくリフィまで固まっている。
一方で友仁はニコニコと笑みを浮かべているのは、去年までの友仁にとって、食物過敏症やら文君やらに苦しんだ日々で、死を意識したことがあるのかもしれない。
そんな三人をぐるりと見渡し、さらに宇が言う。
「難しいことは考えないでさぁ、まずは死なないでいればいいんじゃないの?
死人の真似事に飽きたら、そのうち生きたくなるよ……以上、わたくしめが以前に聞いた、旅の者の金言でございますれば」
宇が雨妹の真似をしたが、どうやらこれで他国の王子を「アンタ」呼ばわりした問題を揉み消すつもりのようだ。
「それにね、どうすればいいのかわからない時は、ノリと勢いで動くのも大事だよ?
これは、ずっとそうやってきた僕からの助言ね!」
明るく語る宇にジャヤンタとリフィは毒気を抜かれたようで、脱力して卓へもたれかかっていた。
『移動先を、考えておこう』
しかし最後にジャヤンタがそう言ったので、このお茶会はひとまず成功であろう。
ジャヤンタもリフィも、お茶会をするような気分ではなくなってしまったようなので、ここでお開きとなる。
けれど退室する二人は、どこか憑き物が落ちたかのような表情であった。
何姉弟も旅装のままだったこともあり、まずは部屋を与えられて沐浴を友仁から勧められた。
「とても急いで来たのでしょう?
わたしの湯殿に温泉が入れてあるはずですので、その湯を使ってください」
友仁からの申し出に、宇の気分が見るからに急上昇する。
「温泉!? すごい、温泉だってよ静静!」
「すごいの? 楽しみだね!」
静は宇が嬉しそうなのを、ニコニコと見つめていた。
そんな何姉弟を部屋まで送るという名目で、雨妹とお目付け役の立勇も双子に同行する。
「宇くん、ありがとうね。
もっと手こずるかと思っていたけど、助かっちゃった」
雨妹が礼を言うと、「どういたしまして」と宇がニヤリとしてから、「けどさぁ」と言葉を続ける。
「どこであっても、カリスマ期限切れの後始末を請け負う人は苦労するねぇ」
「……えっとぉ?」
雨妹はその言わんとすることが察せられず、首をひねるのに、宇が雨妹の手を引いて後ろへ下がり、ちょっと声をひそめて説明してくれた。
「大きな組織ってさ、だいたい最初に集団を率いた人がすんごいカリスマ持ちなの。
で、そのカリスマの威力を使い果たした時に、組織は終わるんだなぁ。ジジイの実感だね!
で、宜にしても、過酷な場所で暮らすのをなんとかしようっていうことを考えたのが、すんごいやり手商人だったんじゃないの?
で、そのやり手商人のカリスマはとっくになくなっちゃったと」
「ほぅほぅ、なるほどね。そういうことかぁ」
雨妹と宇では同じ日本という国で過ごした前世持ちであっても、その生きた環境が違う。
なので組織を統率する目線というのは想像でしか持てないのだが、宇の生の意見はさすがである。
「それでたまに『中興の祖』って言う人が、カリスマを補充するんだよね」
「そうそう! それも歴史あるあるパターンだよね!」
雨妹が華流ドラマ脳で応じると、宇も楽しそうに頷く。
「ウチの皇帝陛下は、たぶんその『中興の祖』で将来教科書に名前が載るだろうね」
「宇くんだって載るかもよ?」
「えぇ~? 僕はどちらかっていうと、裏から組織を操る影の実力者の方を希望するなぁ」
「ああ、そういうのも格好いいんだよね!」
華流ドラマでも、視聴者の人気をかっさらうキャラにありがちな属性である。
このようにして、雨妹と宇が二人で盛り上がっていると。
「この二人、恐ろしい話をしていないか?」
雨妹たちの話を漏れ聞いた立勇が一人、げっそりした顔をしていた。