541話 若いんだし
室内の空気が緊迫している中。
「宇ってば、そんなツンケンした言い方をしていると、他人から嫌われちゃうよ?」
静がそう述べて宇の頬を指で突く。
「いいんだ、僕には静静がいるもんね!」
宇がそう答えて頬を膨らませてみせるのを、静がまたフニフニと突いている。
この双子のやり取りで、部屋の緊迫感がいくらか薄れたところで、友仁が口を開く。
「宇殿は、大切なもののためなら、思い切りがいい方なのですね」
宇の激しさを良い感じに表現した友仁は素晴らしいと、雨妹は思う。
「そう、静静のことだけが大事なんです、友仁殿下はわかってくださる方だ!」
友仁の言い方が気に入ったのか、宇はにっこり笑顔で機嫌よく応じると、チラリと横目でジャヤンタを見る。
「だいたいね、死ぬだなんだって言っているのって、単に他にやることなくて暇なせいなんじゃないの?」
静や友仁との会話のおかげか、そう語る宇の声は先程までと違って、多少険が抜けたものとなった。
それにしても、宇は雨妹が書いた手紙以上にこちらの事情を知っているが、呂が飛にある程度の情報を渡していたのかもしれない。
「他に考えることがあれば、死ぬなんて考えている暇はないよ。
やることがあればヨボヨボの爺さんでも、生きている間にどれだけのことができるかって、そういう計算で忙しいもの。
若いんだし、運動だか勉学だかに励みなよ、健全にさぁ」
冷たく突き放したようにも聞こえる宇の言葉だが、案外真実なように雨妹は思う。
確かに前世でも余命幾ばくもない身である患者であっても、人によっては死ぬ直前まで死ぬなんてことを思わせないくらいに人生を忙しく過ごしていた人もいれば、自分の余命を毎日数えるばかりの人もいた。
この両者の命の限りが同じであったとしても、日々の密度が全く違うのは考えるまでもない。
それで言うと、ジャヤンタはずっとリフィの手で半地下の部屋に閉じ込められて過ごし、己の身の上以外に考えることがなかったのは、仕方がないことかもしれない。
だが、子どもの宇に「若いんだし」と言われたと聞かされたジャヤンタがしかめ面をしたので、馬鹿にされていると思えたのだろう。
けれどそこは、己の外見と中身の相違をちゃんとわかっている宇なので、いちいち取り合わなかった。
「で、そういう健全な行いを、ここじゃなくてどこか別の所でやってほしいわけ、わかる?
だからどこに行きたいか、さっさと選んでよね」
そして話を最初に戻してきた宇はさすがである。
静は途中まで宇の話をウンウンと頷きながら聞いていたが、毛に美味しそうな菓子を取り分けてもらうと、意識がそちらに向いてしまっている。
毛は静を、大人のドロドロとした話に参加させたくないのだろう。
今度は、ジャヤンタも反抗的にならなかった。
『選ぶなど、できようはずがない……』
ジャヤンタの口から零れた弱音に、雨妹は彼がなにに戸惑っているのか気付く。
「ジャヤンタ様、あなたはこれまで『選択』を与えられなかったのですね」
「あぁ、そういう系かぁ」
雨妹の指摘に、宇も納得の顔になる。
生まれてからずっと他人に役割や行動を与えられてきた人間は、「選択」を自由だとは思わず、見捨てられたと感じる事が多い。
――なるほど、リフィさんから閉じ込められても、自ら脱出しようと行動しなかったのはそれか。
リフィから次の行動指針を与えられたジャヤンタには、たとえそれが監禁されるという行為であれ、心の奥に安心感があったのだろう。
「ジャヤンタ様、己を己で行動させるのが人というもの。
赤ん坊ですら『あれがしたい』『これがしたい』と泣いて訴えるものですよ。
誰かが与えたものを享受するだけの生とは、人形となにが違うでしょうか?」
『私を、人形だと言うのか?』
雨妹の言葉を聞かされたジャヤンタが、ジロリと睨んできた。