528話 簡単な真実
「明永」
そんな明へ友仁が呼びかけながら袖を引いて、心配そうに窺う。
「失礼しました」
それを目にした明は、怒りをひとまず抑えたようだ。
だが明の代わりに、雨妹の怒りが増した。
「あなた方と皇帝陛下を同列に扱おうだなんて、図々しいにも程があります」
雨妹の青い目の中に燃え上がる怒りが、彼女を射抜く。
「斉家に、圧倒的な力を持つ将なり、他者が追い付けない程に何手も先を読む智将なり、誰もを惹き付ける魅力なり、なにがしかのそうした力があれば、誰からも尊敬を集める一族であれたでしょうに。
そうなっていないのは、斉家が己を磨く努力を怠っただけなのでは?」
「なにを……なにを言うか!?」
雨妹の言葉に、彼女は自分を正当化するために反論しようとしているものの、上手く言葉にならずに口をパクパクさせるばかりだ。
そんな彼女に、雨妹は腹の底からの怒りをぶつける。
「少なくとも、今代の皇帝陛下は自ら血を被って戦われた。
なにか物申したいならば、そのようなヒラヒラした綺麗な服を着ていないで、陛下と同じように戦場で血を被ってから言いなさい!」
「……!」
すると彼女は一瞬硬直した後、身体に力が入らないようでガクリと床に崩れ落ちた。
けれどまだ雨妹の心の中で怒りがグルグルと渦巻いていると。
「雨妹、それくらいで鎮まれ。
殿下方の前で我を失うのは、はしたない行いである」
立勇にポンと肩を叩かれ、そう告げられると、雨妹の頭と心がサァッと冷めていく。
――確かに、立勇様はいつでも冷静な人だもんね。
そう思い至り、雨妹は友仁に謝罪する。
「友仁殿下、失礼しました」
「ううん、父上のために怒ってくれたんだよね?
ありがとう雨妹」
すると友仁から礼を言われてしまった雨妹は、ホッと心を和ませたものの、その傍らで胡安と胡霜が微かに顔色を青くしていることには気付かない。
「この殿下は案外大物だな……いや、雨妹への慣れか?」
さらには明がなにやらブツブツ呟いているが、雨妹には聞こえなかった。
そんな風に微妙な空気になっていたのを変えたのは、沈だった。
「正論だな。
まさしく、あの戦乱期の戦場を知らぬ我らには、なにも言う資格はないのだよ」
沈がそう述べて深く頷く。
「金を稼ぐのであれば、誰にも後ろめたさを覚えない、己を誇れるやり方で稼げば良い。
斉家はそうやって自ら汗を掻くことを厭ったが故に、落ちぶれたのだよ」
沈がそう言って冷たく突き放すのを聞いて、彼女を気遣っていた兵士たちも斉家が思ったよりも落ち目であるとわかり、じわじわと遠ざかっていく。
やがて誰も味方をしてくれなくなり、彼女は唇を噛み締める。
「誰もかれも、わたくしが、斉家がどれほどの悪だと言うのか……」
弱音を吐いた彼女は、しかしどこか芝居がかっており、まだ誰かの同情を買おうとしているようだ。
そんな彼女を、友仁が不思議そうに見つめていた。
「どうしてわからないの?
あなたたちが親切ではなかっただけなのに。
意地悪者は嫌われるんだよ?」
とても素直な友仁の言葉に、彼女は意味が分からないという顔で瞳を揺らす。
「親切にされた相手が困っていれば助けたいと思うし、意地悪された人が困っていたら、ちょっとだけ『ざまぁみろ!』って思うもの」
友仁の素直さに、胡安が立ち直って我を取り戻した。
「お優しい友仁殿下でもそう思うのですね」
胡安が軽口を叩くようにそう言うのに、友仁がニコリと笑う。
「うん、文君の後ろに隠れて嫌な顔をしていた人たちを、私は絶対許さないものね!」
いっそ晴れ晴れとした顔で宣言した友仁である。