525話 抵抗が激しい
「お前たちのせいで、とんだ災難にあったのではないか!?
まずは膝をついて謝罪せよ!」
「なんと厚かましい女だ」
斉家の娘の主張に、イラッとしている胡霜が不機嫌そうに言う。
あの娘は縄で縛られておきながら、上から目線で物を言えるその気持ちの強さは凄いかもしれないけれど。
――このあからさまに怪しい連中と自分が、無関係ってことにしたいんだろうなぁ。
自分は被害者で、たまたま訪ねた際にとんだ揉め事に巻き込まれたという体裁にしたいのだろう。
けれどこうもピタリと間が当てはまっては、無関係を信じろというのはあまりに無理な話というものだ。
それでも娘は今の状況をなんとか好転させようと、畳みかけるように叫ぶ。
「このような輩に攻め入られるとは、なんということか。
我が斉家が治めていれば、宜に敵対されることもなく、平和であったというのに。
やはり無知な皇族では無理だったのだ!」
しかもこちらの落ち度を責めてくる彼女に対して、雨妹たちとしては「どの口が言うか」と言い返したいところである。
「おやおや」
すると、ここで彼女の前に立ったのは林であった。
「あなたにはこの連中が宜国人であると、確証があるようですね?」
林がことさらにこやかな笑みを浮かべて、彼女に詰め寄る。
「ひっ……!」
すると強気だった彼女が林の迫力に気圧されたように、短く悲鳴を上げて後ろへ下がろうとする。
けれど胡霜に拘束されているので、それもできない。
確かに今の彼女の話だと、この立勇たちに伸された侵入者たちが、宜国人であるという前提である。
――誰も、この人たちが宜国人だとは確定していないもんね。
雨妹だって連中が宜国人であると仮定して話をしていたが、その身元が確定できたわけではない。
そうと思わせておいて、全く別の勢力が攻めてきたのかもしれないし、これから彼らの身体検査をしてからわかることだ。
彼女も己の失言に気付いたらしく、顔色を青くするが、今更引くわけにもいかない。
「そんなもの……見ればわかる!」
「そうですか? 丹と宜の者の区別が容易につくとでも?
どのあたりで?」
彼女の破れかぶれの反論に、林が即座にそう返す。
「……」
これ以上の言い訳が絞り出せないのか、彼女が沈黙したその時。
「全員、無事か!?」
そう声が響き、雨妹がそちらを見れば、明と胡安に守られた友仁に伴われた沈がやって来たところであった。
「怪しい者は全て捕えよ!」
この沈の号令で兵士たちがやってきて、倒れている者たちを速やかに拘束していく。
そして当然、斉家の娘も拘束される。
「離せ、離しなさい!」
彼女は抵抗するが、兵士たちに力で敵わずに胡霜の手からサッサと身柄を移されてしまう。
――沈殿下、すごい頃合いで来たなぁ。
林がこの場にいるので、なんらかの手段で情報が沈に筒抜けだったのか?
それ以前に爆発音が外に聞こえたので、急いで駆け付けたのかもしれない。
そこへ無事に脱出した友仁と合流できたので、こうしてやって来たのだろう。
「雨妹、怪我をしていないっ!?」
大勢が狭い通路で混雑する中で、友仁が明に守られながら、人をかき分けてこちらへやって来た。
「はい、私は皆さまに守られたので、この通りピンピンです!
友仁殿下こそ、お怪我などはございませんか?」
「私も、この通り無事だ」
雨妹がドンと胸を叩いて無事を告げると、友仁がホッとしたように笑みを零す。
「みんな、ちゃんと無事だよ?」
そしてわざわざそう付け足したのは、ジャヤンタのことを言いたかったのだろう。
雨妹と友仁が無事を確かめ合い、ホッとしている一方で。
「沈殿下、この不届き者共を罰してくださいませ!
わたくしにこのような仕打ちをしたのです!」
斉家の娘が沈の同情を引こうとしているが、先程その口で「無知な皇族」云々とこき下ろしたばかりだというのに、変わり身の素早いことだ。
けれどやはり、沈はそれを取り合わない。
「友仁よ、この場に似つかわしくない者は全て牢に放り込むが、それでいいか?」
沈がそう言ってくるのに、友仁がこくりと頷く。
「はい、どうぞ適切に裁いてくださいますように、お願いします」
皇子二人のやり取りで、彼女のこの場での救済の芽は摘まれた。