524話 父、ボッチ疑惑
混戦状態になっている様子を見て、呂が呆れたようにぼやく。
「虫みたいに湧いてまぁ。
なにかやるだろうとは思ってはいたが」
「そうなんですか?」
雨妹が目を丸くするのに、「おうよ」と呂が応じる。
「だいたい沈殿下だって、こんな隠し通路だらけで警備がユルユルな邸を拠点にするなんて、酔狂なんてもんじゃあねぇ。
絶対になにか企んでいるだろうって考えるさぁ」
「ほうほう」
確かに、呂でも把握が困難であるびっくり箱な邸である。
しかも丹から譲られたものだというが、よく考えればこの邸について宜に情報がないことの方がおかしいだろう。
過去の歴史の中で、この地が宜であったこともあるはずだ。
「丹がこの邸を譲ったのだって、案外宜と崔とが共倒れするのを狙ったんじゃねぇか?」
軽く言う呂だが、確かに丹にとっては宜も崔も「軍事でゴリ押し」な大国であることに違いないのだ。
リフィの身柄を押し付けて頼みごとをする立場でありながら、そんな曰くある邸を贈り物という口実で与えるとは。
今は平和とはいえ、丹も戦場無双の皇帝が余程怖いということかもしれない。
あの父が強すぎて全方向から怖がられているのは、頼もしいのか苦労人なのか、微妙な所だ。
崔には案外、仲良くしてくれる他国というのは少ないのかもしれない。
――ボッチでもめげずにがんばれ、父!
それにしても、沈がその丹の下心に気付かなかったなんてことが、あるものなのか?
知っていて敢えて、あちらの思惑に乗ってやったとか、そういうことだとも考えられる。
あの沈のことだから、事がややこしくなる方に行動しそうだと、雨妹は思ってしまう。
このように雨妹が呂と話している内に、侵入者は全て立勇たちによって制圧されていた。
「突然湧いてびっくりしましたけれど、あっさり捕まりましたね」
ホッと安堵する雨妹に、呂が言うには。
「こういうのは大勢で寄ってたかっても意味がない。
腕利き一人を寄越した方がよほどいいだろうに。
人材不足かねぇ?」
「人材不足って、宜が?」
呂の分析に、雨妹は目を丸くする。
「最近東国だのなんだので、揉め事だらけだったろう?
しかも負け戦に加担すれば、当然人材は減るってこった」
「それはそうですね」
呂の意見に雨妹は頷く。
つまり、先だって宜が援助した東国との揉め事を潰した影響が、巡り巡って今ここに現れているということらしい。
ところでよくよく見てみれば、林や他の落ちてきた彼らは、やけに格好が煤けていたり所々焦げていたりと、散々な格好であるのだが。
それにどこからか、焦げ臭さも漂ってきている。
――え、あの音ってひょっとして、火薬だったの!?
宜は東国と取引があったようなので、東国がよく使っている火薬を手に入れることも可能だろう。
そのように考える雨妹と同じように、立勇も火薬に気付いていたようだ。
「狭い空間で火薬とは、馬鹿ではないか!?」
立勇からの苦言に、林は残念そうな表情になる。
「私ではなく、あちらに言ってください。
まあ大した量の火薬ではなかったので、とっさに火薬を持った馬鹿共々罠部屋に閉じ込めてやり過ごしましたが。
ああ、離宮を壊すつもりはなかったのですが、そこは申し訳ない」
ということは、どこかに丸焦げ部屋があるということだが、きっと後で呂が報告してくれることだろう。
というか、罠部屋なんてものがあるとは、本当にこの邸を建てた人は、どういうつもりの建物だったのだろうか?
雨妹としては色々と思うところはあるものの、とりあえずこの場は治まったと思った時。
「なにをするのよ!」
そうわめき声が響く。
声がした方を見れば、なんとか難を逃れていたらしい斉家の娘が、胡霜に引っ立てられているところであった。