520話 侵入者らしいです
「怪しい人影を捕えたとの報告があり、斉家の娘だそうです」
立勇が渋い顔で告げた。
――やっぱりぃ!
思った通り、声の主は斉家の娘だった。
彼女には幡へ来るまでの道中の宿で絡まれたきりであるが、あれは雨妹が盛大に巻き込まれた件であったので、よく覚えているのだ。
というか、あの娘は離宮にまで入り込んでしまったとは。
あの宿でだって、本来ならば通されてはならない皇族が使っている場所へと入り込んでいたし、今回は友仁が使っている離宮に近付くとは。
「誰にも止められなかったの?」
「内通者か、もしくは……」
雨妹が思わず零すのに、呂が厳しい顔で言葉を濁す。
――ひょっとして、まだ見つけていない隠し通路とか?
友仁のための警護をかいくぐって突然この部屋の近くに現れるなんて、不自然でしかない。
呂も隠し通路の把握に苦戦しているようだし、もしあちらがこの邸の見取り図を手に入れていたとしたら、あり得なくもない話だ。
そもそも、ジャヤンタを隠しているこの部屋へ来るためには、友仁のお付きではない者たちが通れる通路から、関係者以外立ち入り禁止である区域に入らなければならない。
それに通路は一般的な屋根があるのみの開放型の廊下ではなく、両側を壁に囲まれた閉塞型であるので、外からこちらの移動は見られないようになっている。
さらには道なりに真っ直ぐに行けばたどり着くようにもなっておらず、小部屋を通ったりして離宮の中をグルグルと無駄に歩かされるので、その途中の見張りを全て避けていくのは不可能だろう。
――どうやって入り込んだのかは、本人に聞くのが一番簡単だろうけれどさ。
しかしあの斉家の娘とて、そのようにコソコソと近付くような真似をせずとも、まずは正当なやり方で訪問をするべきである。
そう思ってムッとしている雨妹の一方で、明が冷静に考えを述べた。
「強引に好意的に捉えれば、友仁殿下になんらかの用事があり、しかし沈殿下が邸に出入りする許可を与えないので、あのようにひっそりと近付いたということも考えられなくもない。
沈殿下の婚約者を名乗る者たちは全員、正式な訪れでは邸に近付くこともできないようだからな」
――そういえば、その問題もあったか。
リフィとジャヤンタの問題ばかりを考えていたが、沈の女性問題も全く解決していない。
「だがそれとて、まず友仁殿下に文で面会を乞えばいい話だ」
しかし直後に、明は自らの意見をバッサリと切り捨てた。
確かに、斉家の娘からなにか大事な話があって「ぜひ会いたい」と文を受け取れば、友仁は会おうとするだろう。
邸の中では沈の手前難しくとも、外で会うことも警護上の問題がなければ、考えられなくはないのだ。
――つまりは、堂々とできない用事で来たとか?
そういう結論に至った雨妹だが、これと同じことを明も考えたらしい。
「斉家から友仁殿下に目通りを乞われたことは、一度もないはずだな?」
明が胡霜へ確認する。
「哥哥から聞いたこともないね」
胡霜から即座に答えが返されたので、明は友仁に向き直る。
「宿では沈殿下がお見逃しになったようですが、二度までも無断で皇子に接近を試みるは罪。
捕えて牢に閉じ込めておくがよろしいかと思われます」
明はそう友仁に意見を告げる。
「うん、そうしておいて」
友仁も特に斉家の娘を庇う理由がないらしく、精一杯に怖い顔をして明に捕縛の許可を出す。
「では」
これを聞いて、立勇が捕縛に動こうとした、その時。
「雨妹、一緒に様子を見てきてくれ」
明に言われ、雨妹は驚く。