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51話 向かう先は

そのことに安心した雨妹は軒車に乗り込み、太子から改めて今回のお忍び先について聞かされた。


「向かっているのは徐州(ジョシュウ)だよ」


「はぁ……」


 ――そんなことを言われても、そもそも徐州ってどこよ?


 実のところ雨妹はこの国の地理を知らない。

 というより地理というのは、庶民が普通に持てる知識ではない。

 何故なら詳しい地理の知識は軍事に直結するため、秘匿されているものなのだ。

 昔の日本でも詳細な地図は軍事機密扱いだったと聞くし、これはどの世界のどの国でもさして変わらない事実なのだろう。

 だからこの国でも、庶民が知っているのは自身の住んでいる場所周辺の街や村程度。

 遠くになると「この国にはそんな場所があるんだ」という認識になる。


「分からないだろうから、ここに地図があるよ」


そんな雨妹の疑問を先取したかのように、太子が簡素な地図を見せてくれた。

 字が読めない人でもわかるように、絵で説明する種類の地図だ。

 この地図によると、この国は毅州(キシュウ)苑州(エンシュウ)青州(セイシュウ)徐州(ジョシュウ)揚州(ヨウシュウ)荊州(ケイシュウ)與州(ヨシュウ)梁州(リョウシュウ)耀州(ヨウシュウ)という九つの州で成り立っている。

 耀州が皇帝の直轄地として中央にあり、その周囲を毅州から順に時計回りに配置されている感じだ。

 そして北西に雨妹がいた砂漠に面した辺境があり、南東部は海に面している。

 今から向かうのは、この海に面した南東部の徐州の(カイ)という所だという。

 そこへ一体なにをしに行くのかというと。


「妹に会いに行くんだよ」


そう切り出した太子によると、妹公主の名は潘玉(パンユウ)と言い、徐州を治める(ホァン)一族の子息に降嫁したのだという。

 玉は雨妹より二つ年上の十八歳。

 つまり雨妹にとっては姉になるわけか。

 その玉に会いに行く理由を、太子が告げた。


「玉は冬の終わりに酷い風邪をひいたらしいのだけどね。

 風邪自体は治ったけれど体力が戻らないらしい」


「そうなのですか」


 ――風邪かぁ。


 雨妹は春先に後宮に吹き荒れたインフルエンザの嵐を思い出す。

 あのインフルエンザも難敵だったが、通常の風邪だって拗らせると厄介だ。

 たとえ熱が下がっても鼻や喉の炎症が治まらなかったり、色々な後遺症があったりして、治っても油断ならない病気である。


「食欲が落ちて痩せていると聞いて、様子見と見舞いの品をと思ってね。

 でもこちらが大仰にすると、あちらも大仰に出迎えなければいけないだろう?

 だからこうしてこっそりと行くんだよ」


「なるほど、そうなのですね」


雨妹は太子の説明に頷く。

 こちらが正面から大勢を連れて行けば、玉もたとえ臥せっていても持て成しのために動かなければならない。

 それでは本末転倒というわけか。


「玉の住まいのある(カイ)までちょっとした旅行になるけど、ここは道が整備されているから、耀州を出るのに二日、そこから佳まで一日で到着するだろう」


そんな太子の話でこれからの事が大まかにわかったところで、雨妹はこの旅のお供に選ばれた宮女なのだから働かねばならない。

 後宮であれば、太子の世話を焼くのは宦官の立彬(リビン)の役目であった。

 しかしここにいるのはどういうわけか立彬ではなく近衛の立勇(リーヨン)だ。

 そして立勇はむしろ世話をされる側の人である。

 この辺りの機微を察せられない人員を動員できなかったのはわかるが、宮女は雨妹一人しかいないというのに、世話する人が増えるというのはどういうことか。

 人手不足にも程があるし、後宮の掃除係でしかない雨妹には荷が重い。

 故に、雨妹は休憩で軒車を止めた際に立勇に詰め寄る。


「あの、私ってそもそも、側仕えの仕事とかしたことないんですけど」


だから無理なことがあるのは大目に見てほしいと、雨妹は立勇にお願いしてみた。

 介護系のお世話なら前世のおかげでどんと来いだが、貴人のお世話なんて前世も今世もしたことがないのだから。

 雨妹の素直な告白に、立勇はため息を一つ漏らした。


「……そのあたりは太子殿下も承知しているから、できる限りでいいそうだ。

 俺は自分のことくらい自分でする」


「了解です!」


立勇がお世話対象から外れたところで、早速仕事である。

 雨妹はお茶を淹れるためのお湯を沸かそうと、枯れ枝を集めて焚いた火で湯を沸かす。

 そして卓を設置してお茶を淹れようとしていると。


「こら待て、なんだその手順は?」


雨妹の様子を見ていた立勇からの横やりが入った。

 どうもお茶の淹れ方がおかしいらしい。


 ――そんなこと言われてもさぁ。


 雨妹としては今までお茶とは茶葉を入れてお湯を入れれば完成だったのだ。

 確かに、太子宮などで出されたお茶はとても上品に淹れられたが、自分で飲む分はそれで十分で。

 そもそも後宮に来るまで飲むのは白湯ばかりで、お茶なんて口にしたことがなかった。

 そして前世では、お茶と言えばもっぱらティーバッグという便利なものを使っていたりする。

 同じく華流ドラマにハマった友人には、中国茶にまで手を伸ばした人もいたが、自分はというとその人が淹れたお茶を飲む係だった。

 それがここに来て美味しくお茶を淹れろだなんて、無理難題だ。

 そんな様々な思いを口にはせずとも、黙って少し眉を寄せて見せる雨妹に、立勇が眉間に皺を寄せる。


「茶の淹れ方くらい知っておかねば、恥をかくぞ?」


「……はぁ」


というわけで、立勇が見本を見せてくれることとなった。

国内のざっくりとした位置関係は、こんな感じです。


辺境

     毅

  梁     苑

與    耀    青

  荊     徐   外海

     揚

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