504話 まだまだ買い物をする
「さて、次はどこに行こうかな?」
茶葉の店での買い物を終えた雨妹が思案していると、通りの向こうの露店からこちらに手を振る女の姿に気付いた。
「そこのリフィたち、いい果物があるよ」
「ほう、果物!」
雨妹は興味がビンビンになる。
「あちらは、屋敷に品物を卸している人です」
リフィからもそう保証されては、あの店を覗かないわけにはいかないではないか。
というわけで、その果物の露店に行けば、都で見ない鮮やかな色合いの果物がたくさん並んでいた。
中でも目立っているのは火龍果――前世ではピタヤやドラゴンフルーツとも呼ばれていた果物だ。
派手なピンク色の果実は、雨妹が前世で知るままの見た目だが、知っていても若干引く程にひときわ鮮やかである。
――これを最初に食べようと思った人はすごいよね。
こうして雨妹がしげしげと火龍果を見つめていると。
「これは、食べられるのか?
雨妹よ、まさか買うと言わないだろうな?」
警戒心を露わにして言ってくる立勇のこの反応は、佳で牡蠣を見た時の反応によく似ている。
立勇はむしろ食べ物への冒険心が足りないと思う。
それにしても、この火龍果が友仁の食卓へ上ったのを見たことがないので、見た目から都人は拒絶すると思われたのだろう。
だが迫力満点で話題として盛り上がるのは間違いない。
――よし、友仁殿下へのお土産だ!
「これ、くださいな!」
「本気で買うのか!?」
笑顔で言った雨妹に立勇がギョッとしたけれど、ここで引くつもりはない。
「ご安心を、とても美味しいのですよ」
リフィがクスクスと笑いつつ立勇にそう告げる。
「美味いものしか置いていないから、試してみなよ」
果物屋の女もそう言って、笑いながら火龍果を切ってくれた。
中の果肉は、鮮やかな赤だ。
火龍果には白や黄色の果肉もあり、確か赤い果肉のものは白い果肉のものよりも甘みが強く、そして黄色は赤よりも甘いが、取れる数が少ないのだったか。
ただ現在、赤い果肉だと毒々しい印象を受けてしまい、立勇が余計に引いてしまっているのだが。
「余所からの旅人は、皆そういう反応さ」
果物屋の女はそんな立勇の反応に慣れたものらしく、その赤い果肉をつまめる大きさに切り分け、木皿に乗せてずいっと差し出してきた。
「ほれほれ、食べてみなって!」
強引な店主に、立勇は若干渋々な様子でその赤い果肉の欠片を指でつまみ、口に入れる。
「……甘い」
その渋々な表情が、やがて驚きに変わる。
だが美味しいことを素直に認められないようで、火龍果をじぃっと見つめている。
「うん、美味しいです!」
もちろん雨妹も食べてみて、その美味しさに頬を緩ませる。
というわけで、反対していた立勇が沈黙したところで、無事に火龍果が友仁への土産に決まった。
こうして果物の露店で買い物をした雨妹が次に目をつけたのは、油紙に包まれたものをいくつも並べている露店である。
あれでは一体なんの露店なのか、さっぱりわからない。
「あれは、なんのお店ですかね?」
首を捻る雨妹に対して、その露店を見たリフィが「まあ!」と驚きの声を上げた。
「あの店が出ているなんて、あなたたちは幸運ね!
あれは香木屋で、滅多に店を出さないのよ!」
このようにはしゃいでいるリフィを見れば、雨妹とて「そうですか」と見ずに素通りなんてできるはずもない。
それに雨妹に香りに拘る趣味はないが、興味はある。
「香木って、お土産になりますかね?」
「もちろん、手に入る香木は土地で違いますもの」
雨妹の問いにリフィがそう答えたので、ならばと雨妹はその露店を覗いてみることにした。
香木の値段が書かれた木札には、目が飛び出る程高価な品もあれば、小遣いで買える程度の品もある。
どうやら香木の状態の良さで価格に差があるようだ。
けれど見るからにボロい品であっても、香りは変わらない。
それに珍しい露店となれば、幸運という付加価値もつく。
「母上がお好きかもしれんな」
立勇がボソリと呟いたのを聞いて、雨妹も楊あたりへのお土産にできるかと考える。
その上見付ければ幸運である店の品だなんて、お守り代わりにもできそうである。
――私が香木を買うなんて、楊おばさんだって思うまい!
きっと驚くだろうなと、雨妹はひとりニンマリするのだった。