498話 巡って恋バナ
「で、あの殿下はどうしている?」
そして、再度ボルカがそう問うてきた。
「あの騒ぎで、賊に襲われ死んだとは思わないのですか?」
これに雨妹が問い返すと、ボルカはとても渋い顔になる。
「今の邸の主殿は用意周到なお方だ。
あんな騒々しい賊騒ぎが起きるなんて、普通に考えてあり得ねぇ。
なにか考えあってのことだろうと思ったが、思い切ったことをしたもんだ」
やたら自信ありげなボルカだが、なんとも妙な風に信頼のある沈であった。
さらにボルカが話を続ける。
「姫様はもっと違う時代に生まれていらっしゃれば、お国の誇りよと言われて育っただろうになぁ。
母君の身分がなんだっていうんだ。
戦のことしか頭にない宜の馬鹿野郎なんかの所に、嫁に出すこともなかろうよ」
「ははぁ」
心底嫌気がさしているという様子のボルカに、雨妹は相槌を打つしかできない。
ボルカが丹にいれば到底言えない意見だろうが、このような視点を持てるのも、丹の外に出て働いているからこそ、視野が広がったというのもあるかもしれない。
「だが、姫様は頑張り屋でなぁ。
ここに来た時は崔の言葉なんざろくに話せなかったのに、教えていた俺の方が、今は教わっている。
お偉いことよなぁ……」
ボルカがまるで孫娘を見守る祖父のように、優しい目でリフィを語る。
なるほど、リフィと二人で言葉を教え合っていたのか。
勉強仲間がいれば、覚えるのも早くなるだろう。
雨妹がそのように考えていると、またボルカが唐突に問うた。
「このまま、あの幼い皇子がこの邸の主になるのか?」
これまた思いもよらないことを聞かれ、雨妹は驚きで目を丸くする。
友仁はあくまで一時避難のためにここへやってきたのだが、邸の使用人にはあまり詳しい事情までは伝わっておらず、このような憶測が広まっているのかもしれない。
それにボルカは前にも、友仁の身の振り方を気にするような呟きをしていたことを思い出す。
「何故、それを気にするのですか?」
雨妹がまずそれを尋ねると、「だってよぅ」とボルカが話す。
「主が変わるとなれば、邸の中は白紙に戻されるだろう?
沈殿下のお付きはもちろん、あの殿下も追い出されるはず。
そうなればリフィ様の周囲も白紙になり、リフィ様はやっと自由に今後を選択できるんじゃあないかと……そんな他力本願なことを考えちまうんだ」
「なるほどねぇ」
なんとかリフィに真っ当な生き方に戻ってほしいと願う、ボルカの気持ちが温かい。
――なんだ、リフィさんの味方は、ちゃんとここにいたんじゃないの。
けれどボルカの内心はともかくとして、相手は姫であるので、彼もあまり親しく接することもできなかったはずだ。
態度としてはどうしてもよそよそしいものになってしまい、結果ボルカではリフィの孤独を慰めることはできなかったのだろう。
色々なことがちょっとずつ上手くいかず、今の状況になっている。
だが逆に言えば、リフィを癒す環境はあるということだ。
雨妹がこのように安堵していると、ボルカがさらに言った。
「あとは、姫様が一人気ままに生きるもよし、主殿との仲を添い遂げるもよし、ってもんだ」
ボルカの言葉の「主殿」とは、沈のことであろう。
雨妹は思いもよらぬ話になり、目を丸くする。
そういえば、リフィは沈に恋をしている設定なのだと、沈が話していたのだったか。
けれど思えば、この「恋をしているという演技」という意見とて、沈の一方的な話なのだ。
「リフィさんって、本当に沈殿下のことがお好きなんですか?」
別の意見が聞ける絶好の機会に、雨妹は若干目をキラキラさせてボルカに尋ねた。
やはり、他人の恋の話は楽しいのだ。
輝く雨妹の表情を見て、「娘っ子はこの手の話が好きだなぁ」と苦笑している。