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百花宮のお掃除係~転生した新米宮女、後宮のお悩み解決します。  作者: 黒辺あゆみ
第十二章 国主の一族たち

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497話 正体はこの人

 この雨妹ユイメイの押せ押せの態度に、ボルカがやがて折れた。


「作り方を教えるくらいいいか。

 別に秘伝の調理法なわけでもなし、丹ではどこの家庭でも作っているものだからな」

「ありがとうございます!」


 ――よっしゃあ、美娜メイナさんへのお土産だぁ!


 雨妹は心の中で拳を突き上げるが、これを聞いておかなければなるまい。


「バクラヴァって、黄油が必須ですか? 他の油で代用できますか?」


この問いに、ボルカはしばし唸って思案する。


「丹のバクラヴァは黄油で作るもんだが、余所の国だしなぁ。

 似た食べ物だと割り切ればいいんじゃないか?」


つまり、丹国内では黄油で作られていないバクラヴァなんて認められないが、他国の評価までは知らない、ということだろう。

 どこまで黄油の風味に近付けられるかは、美娜をはじめとする台所番の腕に期待するとしよう。

 なにはともあれ、早々に土産が一つ決まったところで、雨妹はいつものように友仁ユレンの食事の進み具合について話し合った。


「成長期ですし、友仁殿下は幡滞在の間に背が伸びている気がします」

「乳を使った料理を好むなら、そうかもな」


雨妹の期待を、ボルカも否定しない。

 毎日接していると気付きにくいのだが、乳製品は特に成長に必要な栄養が豊富であるし、友仁はきっと背が伸びているはずだ。


 ――旅の前に、身長を計っていればよかったなぁ。


 そうすれば、可愛い弟の成長を日々喜ぶ楽しみがあったのに。

 いや、今からでも遅くないので、板を用意して身長を記録しようか。

 都に帰れば、その記録を見て母であるフー昭儀は喜ぶかもしれない。

 雨妹はそのように考え、一人ニマニマしていると。


「……あのよぅ」


ボルカがふいに声を潜めて聞いてきた。


「あっちの殿下は、飯を食っているか?」


一瞬、雨妹はどの殿下のことを言っているのかわからなかった。

 なにせ崔の皇子だけでも二人いるし、リフィだって元姫である。

 けれどボルカは沈や友仁について「あっちの殿下」という言い方はしないだろうし、リフィのことも普通にリフィと言うはずだ。

 となると、残る「殿下」とは一人しかいない。


「……なるほど、あなたが協力していたんですか」


どうやら雨妹が導き出した答えは正解だったようで、ボルカが面白くなさそうに「ふん」と鼻を鳴らす。

 だが他の料理人に話を聞かれたくないらしく、雨妹を台所の裏口の外に誘った。

 裏口から出たところには小さな畑があり、料理に添える飾りの花やら葉やらが育てられているようだ。

 ついでのようにその畑に水を撒きながら、ボルカが話す。


「リフィ様に、あの部屋の存在を教えたのは、俺だ」


このボルカの告白は、雨妹にとって腑に落ちるものだった。


「あの王子殿下の態度から、腕力の弱い女が一人で看護できはしないと思っていました」


雨妹がそう告げると、ボルカは苦笑いをする。


「面倒臭い人だろう?

 あれこそ宜の男の典型よ、脅せばなんでもうまくいくと思っている。

 アンタらも、さぞや苦労しているだろうよ」


そう述べたボルカは、だがすぐに「はぁ」と重い息を吐く。


「こんなことをしていてはいけないと、俺だってわかっていた。

 けれど、あの方がそれで生きる気力が湧くのであればと、目を瞑ったのさ」


ボルカのこの話しぶりだと、無理に付き合わされているというわけでもなさそうだし、なによりリフィと親しそうに聞こえる。


「ボルカさんは、リフィさんのことを良く知っているのですか?」


雨妹が問うのに、ボルカは「どうせ、姫様のことを聞いたんだろう」と前置きをして話した。


「リファレイヤ姫様は気の毒な方だ。

 俺はここに来る前は、丹の城の料理人だった。

 よく陰で泣いていらっしゃる姫様に、こっそり甘味を作ってお慰めしたもんさ」


なるほど、そもそも丹の兄王子がリフィの身を預ける先をここにしたのは、リフィの顔見知りがいたからというのもあったのだろう、と雨妹は一人納得する。

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