495話 「美味しいは」必要ですので
「……」
この雨妹の意見を聞いた胡安と胡霜は黙り込み、苦いものを我慢して飲み込むような表情であった。
――気分の良い話じゃあないし、こうなるよね。
一方で立勇と、意外に友仁が平気そうなのは、胸の悪くなる逸話に事欠かない後宮で生活しているため、耐性がついているからなのかもしれない。
「ねえ雨妹」
その友仁が心配そうに、これだけは知っておきたいという様子で聞いてきた。
「リフィの病気は治る?」
この問いに、胡安と胡霜がハッとした顔になる。
「雨妹よ、それは……」
胡安は「ここで話す話題ではないのでは?」と言いたげに、言葉を濁す。
これがもし不治の病であった場合、友仁が悲しむことを心配したのかもしれない。
だが雨妹は、友仁に微笑みかけて答えた。
「ちゃんとリフィさんの病を治す薬がありますとも。
その薬は、昨日話した『適切な誉め言葉』にも繋がるものです」
「そうなの……?」
友仁が不思議そうに首を捻るのに、雨妹は大きく頷く。
「リフィさんの病を癒す薬とは、『希望』です」
その希望とは、たとえささやかで小さくともいい。
今日淹れたお茶はいい出来だった、綺麗な花を見つけた、青空が美しくて洗濯物がよく乾いた、そんな日常の「希望」の積み重ねが、心の傷を埋めていく薬となり得るのである。
リフィは沈の側仕えとしての生活の中で適切に褒められる生活をすれば、この『希望』の薬を得られるはずだ。
そして実は本人も気付かぬうちに、このささやかな希望を心に蓄積しているのだろう。
だからこそ、雨妹たちに対してあのように朗らかでいられる。
雨妹はあのリフィの朗らかさが、演技ではないと信じたい。
「沈殿下にも、リフィさんの仕事ぶりをちゃんと褒めてもらうように伝えるとして。
あとは、リフィさんに『憐み』の心地よさを捨て去る勇気が必要なだけです」
雨妹の話を聞いて、友仁が「ふんふん」と真面目に相槌を打つが、そこへ立勇が口を挟む。
「それが、案外難しいのかもしれぬな。
安易に己を気分よくさせてくれるものは、手放し難いだろう」
「そうなのですけれど、それでもいつかは手放すことになるでしょう。
リフィさんが『憐み』の手段にしている看護は、本来は『憐み』の行為ではないのですから」
雨妹の意見に、一同が不可思議な表情をした。
どうやら彼らも誤解をしているようなので、雨妹は己の願いも込めて告げる。
「看護とは『憐み』ではなく、『希望』の行為であるのです」
病や怪我が治る希望、辛い痛みが和らぐ希望、やすらかに過ごせるようにという希望。
たとえ余命短いとしても、患者のこの先の時間が良いものであるようにという希望を抱き、看護するのだ。
一方で憐みとは、過去しかその目に映さない。
憐みでの看護は、看護する者とされる者の両方を追い込むだろう。
看護を続けて「希望」が見えてくると、気持ちがそれを受け付けずに強引に『憐み』の状態に戻そうとする。
それが今のリフィとジャヤンタの関係なのではないだろうか?
その結果が、あのジャヤンタの奇妙な足の怪我だ。
「看護で『憐み』にすがるのは間違っているし、不幸になるだけです」
このように雨妹が語ったことに、胡安と胡霜は神妙な表情で互いを見つめており、友仁は床を見て小さな唸り声を漏らしていた。
「……かわいそうの気持ちだけで相手を見るのは、失礼なんだね」
そして友仁が出した答えに、今度は雨妹が「う~ん」と唸る。
「かわいそうも必要な気持ちではあるのですが、一緒にすごいの気持ちを持てるといいですね」
そう告げてから、雨妹は再びリフィの今後について己の考えを述べる。
「つまり、リフィさんはジャヤンタ様に拘るのをやめればいいのです。
既に過去の男でしかないジャヤンタ様のことなんかスポンと忘れて、新たな第二の人生を好きなように生きる決意をすれば、病は完治するでしょう!
未来とは、楽しく素敵で美味しいものに溢れているのですよ!」
雨妹が拳を突き上げて熱弁すれば、友仁が「そっかぁ!」と拍手してくれた。
「……今のは、『美味しい』は必要だったか?」
立勇からのボソリとした突っ込みは、あえての無視である。




