486話 朝日に叫ぶ
昨夜に早寝をした雨妹は、夜明けよりかなり前に目が覚めてしまった。
――二度寝っていう気分じゃあないんだよなぁ。
そう思いはしても、ここは百花宮の自宅ではなく余所様のお宅なので、勝手にウロウロして暇つぶしに掃除を始めるわけにはいかない。
なので布団の中でごろごろとしていると、やがて朝日が昇ってきたのが窓から見えた。
日が昇る方に面する部屋は、遅寝の習慣がある貴人には向かない部屋なのだろうが、雨妹にとっては朝からご褒美を貰っている気分だ。
それに朝日とは、なんだか有り難い気分になるものなのだ。
――どこで見ても、朝日は朝日だなぁ。
雨妹は当たり前の事実を確認しつつ、この朝日を同じく見ているかもしれない人たちを脳裏に思い描く。
宮城にいる父や太子に楊も、山手の方へ一時避難している美娜も、手紙に書いてある予定通りだと今頃海を満喫しているであろう双子の何姉弟も、この朝日を見ているだろうか?
いや、国で一番偉い人である父は、日の出を眺めるような時間から起きてはいないかもしれない。
いやいや、逆に一周回って一番偉いからこそ、一番早起きしているかもしれない。
そんなことを考えていると、なんとなくやる気が出てきた雨妹は、昨日の知ったことを改めて考えてみた。
昨日は沈の言葉の圧やら雰囲気やらに流されて、やたら深刻な気分になってしまったが、よく考えれば、雨妹はただの下っ端宮女なのだ。
――そんな下っ端に、なにを期待しているのさ?
確かに雨妹はこれまで色々な場面で、偉い人たちに知恵や技術を提供し、結果それが大事になったことはある。
けれどそれらはあくまで「結果」であり、誰も――太子であれ皇帝であれ、雨妹に最初から大事の解決を望んだりはしなかった。
結果東国兵に急襲されての大騒動になってしまった先の事件についても、雨妹は偶然出会った何静を成り行きで助けることになり、その身柄を預かってくれと頼まれた、ただそれだけのことだ。
――そうだ、いつだって「私が」助けたい気持を、皆が尊重して後押ししてくれたんだ。
けれど今回の沈は最初から、雨妹がもたらすであろう「結果」を想定して話を進めてくる。
このことが、実は雨妹の心に負荷をかけていたのかもしれない。
この気持ちは、前世で初めて看護師長になった時のものに似ているように思う。
あの時も、色々なことを自分が決めて皆を導くのだと意気込み、妙に空回りをして迷惑をかけたものだ。
上司なんて、ただいざという時に責任をとればいいだけだと割り切り、肩から力を抜くのに結構時間がかかったのだけれど。
あの時に似ているということは、沈は雨妹に「看護師長」のようななにがしかの肩書を与え、どこか適当な場所へ嵌め込んでしまおうとしているのだろうか?
――そんなの絶対に嫌、断固拒否だよ!
それにこれまでの自分なりの歩調で動けなくなったことで心労を抱える点も、似ている気がする。
こちらの調子を狂わされてあたふたしている時には、自分でも思ってもいない展開になってしまうものだ。
一度落ち着いて冷静になり、目の前のことをひとつひとつ対処していくのは、忙しい時の鉄則である。
それで言えば、雨妹がなんのために下っ端掃除係をしているのか?
それはお気楽に野次馬生活を楽しむためである。
その生活を失わせようとするならば、その相手は明確に敵である。
そして、敵にいい顔をしてやる必要なんてないのだ。
「よし、沈殿下なんて無視だ、無視!」
昇る朝日に決意を叫んでみせた雨妹は、水瓶から桶に汲んだ水で顔を洗い、身支度をすると扉の外へ出た。
すると、まるで見計らったように立勇が既にいた。
というか「ように」ではなく、事実雨妹の行動を計算して待っていたのだろう。
「おはようございます、立勇様!」
元気に朝の挨拶をする雨妹の顔を、立勇がしげしげと見てくる。




