485話 傾向と対策
雨妹とリフィは、立勇とて似通った経歴の持ち主だとは思うが、その内面は全くの別人だ。
立勇や明はそのことを理解しているから、この両者を混同することはない。
けれど沈はというと、いくら雨妹と幡までの旅路を共にしたとはいえ、顔を合わせた時間は短い。
それに雨妹はあくまで友仁を優先して動くので、沈と直に会話をする機会はそうそうなかったはずだ。
するとここで、立勇はふと思いつく。
「旅路で妙に雨妹に面倒事が降りかかることが多かったのは、もしや沈殿下は雨妹に相談というか、構ってほしかったのでしょうか?」
「少なくとも、そこから二人での会話に繋げたかったというのは、あり得るな」
立勇の考えを、明は否定しなかった。
――だが、なんということを企んでくれるのか。
ため息しか出ない立勇の前で、明も暗い顔でまた酒を口にする。
「婆に似た娘が、さように安易な存在ではあるまいに。
都合良く考えたのか、婆に袖にされ過ぎて阿呆になったのか……だがとにかく、あの方のことは『近所のいい感じの女人が気になって、付きまとう乳臭い子ども』だとでも思っていろ」
そうぼやく明の表現は言い得て妙であり、立勇の思考も整理されていくのを感じる。
明がこれだけ語ってくれるのは、立勇と雨妹があたふたしている様子を見ていられなくなったのもあるかもしれないが、自身も沈のお付きをしていた頃に、さんざん振り回されてきたのだろう。
そして沈の他人の振り回し方は、皇帝や明賢とはまた違ったものであるので、立勇は経験則との狭間で混乱するのだ。
――計算しているようで、場当たり的のようでもあるか。
確実なのは、沈がこれまで立勇の周囲にいなかった質の人物ということだろう。
しかし、相手の目的さえ明確になれば、立勇のやるべきことも明確になる。
表情の引き締まった立勇に、明が告げた。
「あの殿下は人が好くはあるものの、顔を使い分け事をややこしくした挙句に、美味しい所を持って行くことを得意としている。
あちらに惑わされないためには、事を単純に考える癖をつけろ。
我々はあくまで、友仁殿下に利になることだけを考えればよい。
沈殿下の思惑は放っておけ」
「了解しました」
助言に立勇が神妙に頷くのに、明がさらに言う。
「お前は、まずは沈殿下がなにも因縁をつけられないくらいに、雨妹に完璧な結果を出させるように手伝うことだ。
それから褒美がどうのと言って囲い込もうとすれば、『陛下がくださるのでご心配なく』と言えばいい。
そうすればさすがに、かの殿下も沈黙するだろうよ」
この明の意見は、しごく真っ当なものであった。
確かについ今朝方も、雨妹に伸ばされた沈の魔の手を、友仁がはたき落としてくれた。
あまりしつこいならば、友仁を皇帝に置き換えてやればいい話だと、明は言うのだ。
「雨妹はあちらのリフィと違い、自分の手に負えない事態はすぐに助けを求める娘だ。
そして助けを求める手を、誰かが掴むだろうという確信をもって生きているし、意地でも掴ませる気概もある」
確かに明の言う通り、雨妹は誰も手を伸ばした先にいなければ、どこからか掴める者を引っ張ってくるだろうと、立勇も思う。
「そして雨妹が真っ先に手を伸ばす先こそが、沈殿下などではなく立勇、お前だろうが」
そしてこの明の指摘に、立勇は目を見開く。
立勇自身、そうであったならば嬉しく思うが、他人から言われるのは面映い心地になるものだ。
「とにかく、張雨妹を侮ったしっぺ返しを、沈殿下はきっと受けることになる。
その時の沈殿下の面倒臭さは俺が請け負ってやるから、お前さんはあの娘を気分よく都に帰すことだけを考えろ。
帰る時に友仁殿下と雨妹の機嫌がよければ、この旅は成功である」
「承知しました」
明から示された指針に、立勇は礼をもって応えるのだった。
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