480話 リフィの肯定感
雨妹は兵士に先導されて去っていくリフィの後姿を見送っていたが。
「リフィさんって、ややこしい性格をしていそうですねぇ」
思わずそう零す雨妹を、隣に立つ立勇がちらりと見る。
「歪だな」
そして同意するように呟いた。
「生まれに誇りを抱く一方で、自らの持つ能力を誇れず、賞賛に戸惑うとは。
あれでは、さぞ生き辛かろうよ」
「立勇様も、そう思いますか?」
雨妹が尋ねると、立勇が頷く。
「どれだけ努力を重ねて力を得ても、あれでは宮城でやっていけぬ。
自らの才覚をもって、両の足で立てる者でなければ、すぐに潰れてしまうであろうよ」
それは、宮城と後宮の両方で太子を支え続けている、立勇の実感なのだろう。
「自らの才覚と、足かぁ」
立勇が言わんとすることは、雨妹にもわかる気がする。
――リフィさんは自己肯定感が低そうだな、とは思うよね。
自己肯定感とは、前世でもいつ頃からか問題視されるようになったものだが、わかりやすく言えば「私は、私でいいんだ」と思える気持を抱けるかどうかである。
それで言うとリフィのあの様子は、どうにも「私でいいんだ」とは思えていないように見える。
恐らくは、自己肯定感を育てる過程を経られていないのだろう。
「自らの足で立てるように、自分に自信を持つためには、適切な課題と適切な誉め言葉が必要です。
リフィさんの言動から想像するに、課題ばかりを積み上げられて、褒め言葉を与えられなかったのでしょうね」
品の良さなり、立勇がひと目で見抜くほどの美しい仕草なりは、リフィが課せられたものをしっかりと乗り越えてきた証であろう。
一方で、その証を自らが誇れていないのは、証を得たことを誰からも褒められていないからだ。
雨妹がそのように意見を述べると、立勇がため息を吐いた。
「自分だってまだ新人の殻を脱したばかりのくせに、指導教官みたいなことを言う奴め」
「ははっ」
雨妹が笑って誤魔化していると、その袖がふいにクイクイと引かれる。
引かれた方に目をやれば、扉に隙間があり、そこから友仁が覗いていた。
「あらら」
雨妹が驚き、立勇もなんとも言えない顔になっている。
友仁がいてはリフィがいつまでも立ち去れないので、見送りから外され、それでも様子を窺ってこっそり扉の外を覗いていたらしい。
その友仁のさらに背後には、胡霜までいる。
これが普通ならお付きから「皇子たる者が、覗きなどするものではない!」と叱られるし、胡安であってもやんわりと止められるだろうが、そこを一緒になって覗きをするのが胡霜という人であった。
「今の話は、どういうこと?」
どうやらそのことが気になって雨妹の袖を引いたらしい友仁が、首を捻っている。
「そうですねぇ」
雨妹はとりあえず、覗き見の体勢をやめさせて室内へ戻ってもらうと、改めて先程の言葉をわかりやすく語った。
「目の前に大岩があって、友仁殿下の身長よりも高いとします。
その大岩を友仁殿下が道具を使ったり全身を使ったりして懸命に上ったならば、『よく頑張った、偉かった!』と褒められた。
殿下はどう思いますか?」
「頑張って上って良かったって、思うかな」
懸命に想像しているのだろう、宙に目をさ迷わせながら友仁が答えるのに、雨妹はさらに問う。
「であれば、なんてことはない、普通に歩いているだけで越えられる程度の大きさの石に上って『よく頑張った、偉かった!』と褒められたら、どうでしょうかね?」
「……なにか、違う気がする」
「馬鹿にされたと感じるか、褒められるとはなんと容易なのかと、舐めるだろうね」
眉を寄せた友仁に続いて、胡霜が辛辣なことを言う。
「そう、そうかも!」
これに友仁が大きく頷いているので、胡霜が上手く友仁の気持ちを表してくれたのだろう。




