470話 主従の会話が弾む
「花……?」
この唐突な話題に首を傾げている友仁に、胡霜が言葉を続ける。
「わたくしは皇族の護衛として都入りをしまして、その際の主にいかに花の宴で美しい花を愛でるのかを、大いに語られました。
なので、友仁殿下も愛でられたかと思いまして」
「ああ、それで」
友仁は胡霜の話を聞いて納得できたようで、こくりと頷く。
「私は、広い庭園で立派に整えられている花よりも、あまり人のいない庭園で地面に広がって咲いている小さな花が好き。
可愛いし、落ち着くんだ」
友仁の答えに、雨妹は彼らしい好みだとほっこりする。
それとも広くて立派な庭園は、友仁に文君から受けた仕打ちを思い出させてしまうので、自然と避けているのかもしれない。
「あと、花を見ながら温め直してもらった饅頭を食べるのも好き」
しかし友仁の次の言葉を耳にした明が、さっと雨妹に視線を向けてきた。
「お前の影響か?」と問いたいらしい。
微かにジト目なのは先程のやり返しだろうが、それを雨妹も強気の視線でさらにやり返す。
いいではないか、多少食いしん坊の方が健康的であろうに。
「ほう! それは確かに好ましく思います!」
一方で、友仁の答えを聞いた胡霜が楽しそうに声を上げた。
「自然の美には、何事も敵いませぬ。
特に、小さな野花が見える限りの平原に広がっている様は、圧巻でございますれば」
「そんな場所があるの?」
胡霜が語る見たことのない景色に、友仁がキラリと目を輝かせた。
「ええ、見たいとお望みであれば、此度の仕事が終わった後にでも、わたくしどもが護衛がてらご案内いたしましょうぞ」
「わぁ……!」
素敵な景色への案内人にまでなってくれるというのだから、友仁の好奇心が爆発しているのが、傍から見ていてもわかる。
――わかる、外ってワクワクがいっぱいだもんね!
雨妹とて後宮に来た当初は「これだけ広い場所なんだから、引きこもっていても困らないでしょう」などと斜に構えていたのだけれど、太子にくっついて佳へと旅立った時には、やはり今の友仁のように好奇心が爆発したものだ。
「ふぅむ」
そんな友仁と胡霜のやり取りを無言で見守っていた明は、思案するようにしている。
――まあ、胡霜さんが新入りでこれだと、戸惑うよね。
胡霜があまりに堂々とし過ぎていた。
これが新入り宮女ならば、皇子を前にすると緊張してブルブル震えるばかりであるのが普通である。
雨妹とて、初めて太子の顔を見た時はギョッとして固まったものだ。
あの時は非常事態であったから普通に受け答えができたが、そうでなければ発言を促されない状況で、必要もないのに自ら発言しようとは思わない。
景色と一体化して、早く去ってくれるのを願うばかりであろう。
そもそも胡霜はもしもの場合に備えて胡安が控えさせていたのだから、一行に加わった最初からこうした場のことを想定して、心づもりを済ませていたのかもしれない。
あるいは年の功なのか、同じ胡家という縁による安心感故なのか、はたまたそのあたりの感覚が鈍感なのか。
そのどれなのかはわからないけれども。
しかし、胡安には妹の態度が許しがたいらしく、眉間に皺が寄っている。
「この胡霜の身なりを整えて参りますので、明様にはもうしばし友仁殿下をお願いしたく」
「引き受けよう」
胡安が言葉をかけるのに、明から了承が返ってくる。
「それでは、御前を失礼いたします」
すると即座にそう断り、ガシッと胡霜の腕を掴んで部屋を出た。
扉を閉めるなり、胡安が厳しい顔で胡霜に向き直る。
「胡霜、主を試すようなことをしてはいけない」
これに、胡霜は心外だとでも言いたげに目を丸くする。
「哥哥、距離感は最初に計っておかねば、後々面倒になるのだぞ?
それに、私はあの殿下を気に入った」
叱られた胡霜はそう言い返す。
これに「何事か?」と驚くのは、扉の外を守っていて状況を知らない立勇である。
「なにがあった?」
「それがですね……」
立勇に問われた雨妹は、手短に説明しつつも考える。
胡安が心配していた礼儀がどうのというのは、作法のことではなく、先程のような突飛な行動のことを言っていたのかもしれない。




