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百花宮のお掃除係~転生した新米宮女、後宮のお悩み解決します。  作者: 黒辺あゆみ
第十二章 国主の一族たち

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467話 胡霜

「どうした哥哥グァグァ、お偉い連中の顔ばかり見過ぎて、妹の顔が恋しくなったのかい?」


こちらへ大股に近寄って来たその人は、そのままの勢いで胡安フー・アンの背中をバンバンと叩く。

 叩かれた胡安は、背中を痛そうに庇う。


「お察しだとは思いますが、コレが胡霜フー・シュアンです。

 こちらは、友仁ユレン殿下のお付きの方々だ」


胡安は彼女を指して告げてから、胡霜にも紹介する。


張雨妹チャン・ユイメイです」

王立勇ワン・リーヨンだ」

「こりゃあご丁寧に、こっちの妹で胡霜だ」


雨妹と立勇がそれぞれに名乗ると、胡霜も改めて名乗って礼の姿勢をとってみせた。

 胡霜は口調こそぶっきらぼうだが、皇子付きを目の前にして萎縮したり妬みを見せたりもせず、初対面での態度はしっかりしているという印象である。

 胡安が脅すから、どんな人かと構えていた雨妹であるが、今の所「まともそうな人」の範疇であった。


 ――いや、気になることが一点だけあったか。


 胡霜を怪しく見せている、あの髪だ。

 雨妹の視線を受けて、胡霜が自身の頭を指差した。


「この頭が気になるのかい?

 いやぁ、最近うっかり火矢がかすったせいで、髪が燃えちまってなぁ。

 仕方なくスパッと切ったのさぁ!」


髪が短い理由がとても豪快だった。

 いや、大火傷をしなかったのは幸いであったし、髪なんてまた伸ばせばいいのだ。

 けれど髪を大事にする崔国人としては、その思い切りは相当なものだし、こうも笑い話にできるのはすごいと雨妹は思う。

 なにはともあれ、犯罪関連などの後ろ暗い理由で髪が短いのでなければ安心である。

 そんな雨妹の隣で、立勇も気になることがあるらしい。


「そなた、得物は剣でなさそうだな」


立勇が呟くのに、「お?」と胡霜が反応する。


「わかるかい? 私の得物は槍さ。

 そっちこそ一応は剣だが、万能型といったところかい?」


そう言って槍を振るう仕草をしてみせた胡霜に、立勇は「なるほど」と頷いている。

 雨妹にわからないところで理解を深めた立勇と胡霜に、雨妹は胡安と共に首を傾げた。


「あの、剣ではないと、どうしてわかるのですか?」


雨妹が尋ねるのに、立勇が「色々だ」と答えた。


「まず手が、剣を扱う者のそれではないし、腕やら肩を見てもわかる」


なるほど、普段使う武器の違いで生じる筋肉の差だということか。


 ――ふぅむ。


 雨妹は改めて胡霜をまじまじと見る。

 胡安と胡霜の兄妹は年齢を推測するに、皇帝よりも下で、沈と同年代くらいだろう。

 彼らは戦乱世代ではないが、戦乱後の混迷期世代と言える。

 戦乱期が終わったからといって、混迷期に危険がなかったということはなく、むしろ戦乱が終わって稼ぎ口を失った兵士崩れが盗賊に仕事を鞍替えしてしまい、また別の危険に溢れていた時代である。

 当時のことは、雨妹も尼たちによくよく聞かされていた。


『都は平和だと聞いているが、田舎では未だ戦乱を引きずる者が多い。

 里の外は危険なのだ』


くどいくらいに注意されていたので、それが話半分だとしても「世の中って怖いなぁ」と幼心に感じたものだ。

 今の平和な世からほんの十数年遡っただけなのに、人の命の重さが全く違うし、死が近しかったはず。

 そんな時代に傭兵団に飛び込んだ胡霜は、それだけ腕に覚えがあったということだろうか?


 ――胡霜さんって、強いのかなぁ?


 なにを思って傭兵団へ飛び込んだのか、雨妹としても仲良くなったら聞いてみたいところである。

 このような雨妹と立勇の態度を見て、胡安は「この人事を進めてよし」と判断したらしい。


「霜、やはりお前を頼りたい状況に至った。

 力を貸してくれるとありがたい」


一歩進み出て告げた胡安に、胡霜が「ふふっ」と笑う。


「よしきた、他ならぬ哥哥の頼みだしね」


胡霜はそう言って己の胸をドンと叩いてみせた。

 次いで、胡安は雨妹たちを振り向いて語る。


「この霜は心根が悪人ではなく、これで胡家としての矜持も一応はあるので、礼儀知らずなことに目を瞑れば、良い人選だと思う……おそらくは」

「哥哥、渋い顔をしていると老けるぞ!」

最後にはどうにも渋い顔になってしまう兄を見て、胡霜がその背中を再びバンバンと叩く。


「老ける前に、背骨が折れるからやめろ」


カラリと笑う妹に、胡安は嫌そうにするのだった。

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