46話 嫌な縁もあったもので
そして皇后の場合、姦通の罪を犯した男は見つかったものの、そこで問題解決とはいかなかった。
彼が皇后ではなく他の妃嬪、当時に美人の位にいた女が招き入れた人物であったと、皇太后の証言によって判断されてしまったのだ。
その美人が、皇后と同じ時期に丁度妊娠していたのもよくなかったのだろう。
彼女が後宮から追放されたことで、不貞疑惑は表面上では沈静化したらしいのだが。
――なんか、急に聞いたことのある話の流れになったんだけど。
ここまでの話の流れを、雨妹は微妙な顔で聞いていた。
似たような内容の話を、自分は知っている。
それは果たして偶然か?
渋い顔をする雨妹を、太子がじっと見つめながら告げる。
「そのあおりを受けて後宮を追放されたのが、張美人という人だよ」
――やっぱりか!
雨妹は思わず叫びそうになったのを寸でのところで堪える。
尼たちが語る母の物語そのままなので、聞いたことがあるのも道理だろう。
争う相手が皇后だなんて母が負けるわけだと、雨妹としても納得だ。
なんの後ろ盾もない女が、後宮で二番目に偉い女と喧嘩して、勝つ見込みなどあるはずがない。
心中複雑な雨妹を余所に、太子が語る。
「後宮を去る羽目になった張美人はもちろん哀れだが、残された皇子も順風満帆とはいかない。
出生の疑惑は表面だっては消えたが、噂としてはいつまでも残る」
――まあ、そうだろうね。
表立って言わなくなっただけで、影でヒソヒソと噂されてしまうのは当然だろう。
女たちにとっては格好のネタなのだから。
「不貞の皇子」という評判と常に共にあった大偉皇子は、いつしか捻くれてしまったそうだ。
確かに子供の教育環境としては良くないだろう。
貧しくとも尼たちに守られて、自然の中で伸び伸びと育った雨妹と比べて、どちらが幸せな子供時代と言えるだろうか。
少なくとも雨妹はそんな環境は嫌だ。
「こうして多少捻くれたものの、普通に育っていると思っていた大偉だけどね。
成長するにつれて困ったことが発覚した。
青っぽい髪に執着するようになったんだよ」
「……それって、青っぽい髪の娘が好みだとか、そういう話じゃないんですよね?」
多少の同情心が芽生えかけていた雨妹だったが、大偉皇子から髪に頬擦りをされたことを思い出し、鳥肌を立てながら質問する。
「そのくらいだったら、可愛いものだったんだけどね。
たまに光の加減で青く見える女を見ると、髪を切り取るようになった。
当時、暗がりで通り魔のように髪を切り取られる被害が続出してね、大偉の仕業だとわかって大問題だったよ」
――なにその切り裂き魔的犯行は!?
大偉皇子は青っぽい髪の蒐集とかをしていたのだろうか。
部屋に髪が飾られていたとしたら怖すぎる。
そこへ自分の髪が加わると想像するともっと怖い。
「皇帝陛下や皇太后陛下に叱られても、大偉は止めることがなかった。
皇后陛下の宮で半ば軟禁するように暮らした後、成人すると同時に後宮を出された。
宮女や女官たちは正直、ホッとしただろうさ」
ここまでの太子の話を聞いて、雨妹も納得できた。
――なるほどね、要するに大変な問題児だったわけだ。
皇后の子が太子になれなかったのは、出生の疑惑以上に、特殊な嗜好の影響が大きかったのではないだろうか。
国の官僚だって、そんな危ない男の妃に娘を差し出したくないだろう。
皇帝の息子が大偉しかいないならばともかく、他にもいるのだから。
それに宮女が誰も大偉皇子の噂をしていない理由も、なんとなくわかった。
彼女たちもおかしなことを言って、皇太后に目をつけられたくないのだろう。
そして大偉皇子が供も付けずにウロウロしていたのだって、誰かと一緒だと髪蒐集を止められるからだと推測される。
もしかして供を振り切ってあそこにいたのかもしれない。
あの時大偉皇子は、「噂に聞いた青い髪」と言っていた。
誰かに青い髪の宮女の噂を聞かされ、急遽花の宴に参加したと考えるのは、果たして雨妹の自意識過剰だろうか?
というかそもそもだが、大偉皇子が青い髪好きなのは母のせいではない、と思いたいのだが。
自分の出生時のゴタゴタを聞かされた大偉皇子が、張美人について興味を持っても不思議ではない。
母が後宮を出た頃の大偉皇子は、年齢からするとまだ生まれて間もなかったわけで。
その容姿が記憶にあるはずもないが、噂話で聞いた容姿が記憶に深く残ったのだろうか。
まあそのようなことは、考えても仕方がないことだ。
「とにかく、大偉は花の宴が終われば出て行くのだから、それまで気を付けるんだよ?」
「はぁ、わかりました」
太子からの忠告に、雨妹も素直に頷いた。
長い話を終えたところで、すっかり冷めたお茶で喉を潤す。
「ほら、蒸しパンもお食べ」
そう太子から勧められたので、雨妹は遠慮なく蒸しパンに齧り付く。
こうしてしばしモグモグしていると、太子がふと呟くのが聞こえた。
「秀玲が遅いな」




