456話 相談に失敗していた
今ジャヤンタの身柄は、リフィの目を盗んで林が監視を兼ねて手当をしているのだという。
だがあまり林が手厚く面倒を見ていると、リフィを勘違いさせてしまうという問題があった。
――まあ、あのジャヤンタさんの様子だとねぇ。
リフィに看護の経験や知識があれば、ジャヤンタはもっと回復していただろう。
そして隠して世話をしている以上、あの隠し部屋に人員を置いては情報漏洩に繋がるかもしれず、そうなると拙いことになる。
なにしろリフィは、無許可でジャヤンタを連れ込んだのだから。
林があまりに完璧にジャヤンタを手当てしてしまえば、リフィは自分以外の誰かがここで手当てをしていると気付くか、もしくは自分の手当てがそれだけ効果があったのだと得意になるかだ。
もし後者の勘違いをしたとすれば、今後大いなる間違いをしでかすに違いない。
たしかに、林もそのあたりの微調整が難しいし、内心やきもきしながら手当てをしていることだろう。
「さっさと別の場所に送り出せば、全てが丸く収まるものを。
リフィがなんのためにジャヤンタ殿下を傍に置くことに拘るのか、我にはさっぱりわからぬ」
そう語ってため息を吐く沈が語る最善は、リフィがジャヤンタとの仲を諦め、ジャヤンタが第三国へ別人として出国することだ。
沈は今現状維持に努め、どうにか四方丸く収まる方法を考え中といったところだそうだ。
本来であれば先の花の宴にて、この件を皇帝に相談する心づもりであったようなのだが、生憎とそれどころではなくなってしまった。
「例の騒動で、相談できるような雰囲気ではなくなってな」
そう零す沈だが、なんとも相談した間が悪いと言うしかない。
もしくは襲ってきた東国を恨んで欲しい。
しかしそこでもただでは転ばないというか、沈は友仁の一時避難問題に便乗して、雨妹や皇帝の側近である明、太子の側近である立勇を引っ張り出したわけだ。
「雨妹よ、あのリフィがなにを考えているのか、そなたに読み解けるか?」
改めて沈からそう問われ、雨妹は微かに目を伏せる。
――もしかして、ということは思い浮かぶけれど……。
これが立勇だけを相手にするのであれば、気軽に思い浮かんだことを口にしただろう。
けれど沈相手に、それと同様に気軽に喋っていいものだろうか?
立勇は雨妹の知識の突飛さに慣れてくれたが、雨妹の医療知識は「変わっている」のだ。
それに、雨妹が沈のことをそれほど信用できていない、ということもある。
沈は雨妹たちを通じて、皇帝へ事情が伝わることを期待したのかもしれないが、あの護衛の人たる呂まで付いてくると、果たして想定していたのだろうか?
行き当たりばったりなのか、はたまた計画通りなのか、そこを察するのが難しい。
――この人ってなにを考えているのか、傍からはまったくわからないんだよなぁ。
沈はこちらが内面を読み取ろうとすると、色々な所が怪しく思えて実際よりも大きく見えてしまう人なのかもしれない。
明が雨妹たちに忠告したかったのは、おそらくはそういうことなのだろう。
そして沈にとって都合がいいのは、雨妹がいつの間にか自発的に協力せざるを得ない状況になることだ。
沈のやり方にいつの間にか巻き込まれていた、という事態にならないためには、「安易にこちらが持っている情報を話さない」ということが大事なのかもしれない。
「……」
なんと言うべきかと逡巡する雨妹を、立勇が物言いたげに見ていた、その時。
「だめだめ、駄目です!」
友仁がふいに立ち上がり、まるで会話を遮るように両手を広げた。
「雨妹は私のお付きなのです、叔父上にはあげませんから!」
そう宣言した友仁が、「怒っています」と主張するように頬を膨らませて見せる。
「お、おぉ?」
唐突に思える友仁の態度に、驚いた沈が身をのけぞらせた。その沈に、友仁が強い目線を向ける。
「雨妹になにかを頼みたいのであれば、まず私に頼んでください。
そして、私が雨妹にお願いするのが筋です!」
そう言い切った友仁から、気合の鼻息が漏れていた。
「正しい意見でございます」
立勇が友仁をそう持ち上げてみせてから、豆花の皿を目の前に寄せてやっている。




