450話 そして舞台は移り
「とまあ、ここまでが戦乱の頃の話だ」
沈はそう言うと、目の前の少し冷めた粥を口の中に流し込むように食べた。
沈はあんなにしゃべりながらも、しっかりと食事も進んでいるのだから器用なことだ。
普段から他のことをしながら食事をする癖があるのかもしれない。
雨妹としては、消化に悪そうだと思うけれども。
「今、崔は皇帝陛下のお力により戦乱は収まり、平穏な状態だ。
それはつまり、戦争で荒稼ぎをしていた宜が、儲け先をひとつ失ったことになる」
沈は現状をそう確認する。
そして、崔という「お得意さん」を失くした宜はどうするだろうか? その答えは――
「別の国を戦乱に陥れるのだよ」
「駄目です、そんなの!」
沈の言葉に、友仁が思わずというように叫ぶ。
雨妹はうっすらと想像していたことが当たり、頭痛がしそうになって頭を抱える。
世間では「火のない所に煙は立たぬ」というが、これは周囲に「あそこに煙がある」と思わせるために、密かに火種を仕込みに行くということだ。
――こんなひどい自作自演ってある?
雨妹は憤慨を通り越して、いっそ呆れてしまう。
「それで宜が目をつけたのが丹だった。
これには、丹に国が乱れる下地があったというのもある」
丹では母親の違う兄弟王子で、王位を争っていたのだという。
兄王子は妾妃の子で、弟王子は正妃の子。
丹では長子が王位を継ぐのが慣例であるため、生まれの順で言えば兄王子が王位に就くものなのだろうが、正妃の子が王位につくべきだという意見も多数あった。
兄王子の母は身分が低いものの、王のお気に入り。
一方で弟王子は国内で最大勢力を誇る家の出であり、弟王子本人の出来が優秀であった。
「跡目争いとかでありがちな状況が、てんこ盛りですね」
雨妹は思わず感想を零す。
華流ドラマ的にも、使い古された権力闘争の構図であろう。
「ありがちか、そうかもしれん」
この雨妹の正直な意見に、沈も苦笑する。
崔でもこうした跡取り問題は発生するし、実際つい最近までは太子の立場を大偉にとってかわらせようとする皇太后との勢力争いがあった。
しかし決定的に衝突しないという分別も、また長い歴史で学んでいるのだろう。
もしくは、各州は戦乱の痛手から立ち直っておらず、軍事力にものを言わせて意見を押し通す、という体力がなくなっていたからなのか。
そこはどちらなのかは雨妹にもわからない。
そして丹のこの王位争いも、最初は軍事衝突などではなかったという。
「どちらが各地の豪族から多くの支持を取り付けるか」という勢力争いをしていた程度であり、ある意味平和な争いをしていたはずだった。
「しかし、その状況が兄王子と同母であるリファレイヤ王女――リフィが宜の王太子と婚約したことで変化した」
「リフィさんとジャヤンタさんって、婚約者なんですか!?」
雨妹はここで謎だったことの一つの答えを示され、驚く。
それに立勇の推測通り、リフィはやはり姫様であったのだ。
「おや、リフィが王女であることには驚きはないか」
一方沈はそこが気になったようで、ちらりと立勇に目をやった。
誰の入れ知恵なのかを察したあたりは、こちらもさすがの洞察力というところだろう。
それはともかくとして。
リフィが宜の皇太子と縁付くことで、妾妃が宜の後ろ盾を得たことになり、丹の勢力抗争の均衡が大きく崩れ、王位争いが激化した。
「いよいよ兵を用いての衝突になってしまってな。
これこそ宜の思惑通りというわけだ」
沈がそう述べると、立勇に自身のお茶を淹れ直すように要求した。




