449話 隣の国は、戦争がお好き
雨妹が考えている横で、同じく友仁も「う~ん」と考えていた。
友仁は雨妹同様に戦乱を知らない世代である上に、雨妹のように前世の知識がない分だけ、状況を想像するのが難しいだろう。
「武器とは、剣や槍などをたくさん売るのですか?」
それでも自分なりに意見を述べてみせる友仁に、沈が「惜しい」と言う。
「もちろん剣と槍もだが、連中の商売で特に金になったのは、それを扱う兵士だ」
この沈の答えに、雨妹のみならず、立勇まで息を呑んだのがわかる。
嫌な想像が浮かび、食事中だというのに喉が渇く。
「……それは、傭兵という意味ですか?」
掠れた声で雨妹が確認するのに、沈はくっと口の端を上げてみせてから答えた。
「であれば、まだよかっただろうよ。
奴らは兵士を『売って』いたのだ」
それはつまり、人身売買である。
そしてこの話を聞いて、雨妹には引っ掛かるものがあった。
そんな雨妹の心を読んでいたわけではないだろうが、沈がその引っ掛かりを解きにくる。
「ここ最近だと、東国相手にも商売していたようだな」
「やはり……!」
想像を肯定された雨妹は、なんとも言えない顔になる。
以前、杜に扮した父から聞かされた、苑州の国境戦から戻らない兵士の話である。
人身売買の商品にされたのだろうということだったが、その売買先が宜だったのだ。
「それに雨妹よ、お主は先の夏に佳でも巻き込まれたのであろう?」
沈からさらに、覚えのないことを言われたのだが。
「……佳で、ですか?」
「沈殿下!」
首を傾げる雨妹の言葉を遮るように、立勇が鋭く声を上げた。
ちらりとそちらを見やれば、険しい顔をしている。
立勇としては、今の話題は障りがあったようだ。
「おやおや、お主は案外甘やかす質か」
逆に沈は、そんな立勇を見て楽しそうに笑っている。
一体どういうことだろうかと、雨妹は佳での出来事を振り返ってみた。
――そういえば海賊騒動の時に、立勇様と別行動をしたな。
あの時に、雨妹に言いたくないなにかがあったのかもしれない。
けれど立勇が「話さない」と判断したのであれば、雨妹はそれを明らかにさせるつもりはない。
立勇が意地悪で話さないわけではないと、わかっているからだ。
そんな気持ちを込めて、雨妹がニコリと微笑んでみせると、立勇は険しさを若干緩めた。
「ふん、つまらぬな」
するとそう言って鼻を鳴らす沈は、雨妹と立勇が揉めるのを期待していたのだろうか?
それは意地が悪いだろうと、雨妹は沈にじっとりとした目を向けた。
「ゴホン!」
すると沈は咳ばらいをひとつして、話を再開した。
「その宜が、最も得意とする商売が『戦争』だ。
武器に兵士、捕虜の換金など、なんでも商売にする連中よ。
売り物の兵士が足りなくなれば、どこぞから攫ってきて兵士に仕立て上げる」
そう語られたのに、友仁は悲しそうに目を瞬かせた。
「……攫われた人の家族は、なにも言いませんか?」
「もちろん、家族も、その者が所属する国も文句を言うぞ」
友仁の疑問に、沈が即答する。
おかげで古来、宜は周辺国と揉めてばかりだという。
そしてその戦争商売の片棒を担いでいる斉家は、そうした宜の在り様を批難している人々から猛烈に嫌われているのだそうだ。
しかし金は持っているため、金にものを言わせて望みを押し通すという、強引な手法を得意としていた。
そして戦乱期はその斉家を見張る機能が働かなかったせいで、宜にやられたい放題になっていたわけだ。
「そのようなわけで、厄介事が山盛りであった揚州だが、我が欲しいと交渉すると、陛下から『上手くやってみせれば揚州をやる』と言われてな。
それで、我はこれに乗ったのだ」
つまり、父は沈に揚州の事情を丸投げした形である。
見ようによっては「無責任な皇帝だ」と言われるかもしれないが、沈が父を援護してみせた。
「あの頃の陛下は黄家との折衝にかかりきりで、正直まだそこまで決定的に崩壊してはいなかった揚州は、順序としては二の次だったという実状があったのだ」
――まあ、父も身体は一つしかないんだし、あれもこれも同時にというのは難しいか。
それに徐州と揚州は隣接した州であるので、まずは説得の筋がありそうな徐州を落とし、両州が繋がって宜に海の外まで手広く商売させるのを防ぎたかったのかもしれない。




