446話 今になって、ふつふつと
隠し部屋で宜の王太子を見付けたり、色々なことの裏が見え始めてきたりした、その翌朝。
雨妹としては、まずはジャヤンタのことが気になるが、あちらは呂が様子を見てくれるとの置き手紙が、雨妹の部屋にあった。
それに雨妹はそもそも、ジャヤンタがどこへ寝かされているのか知らないのだ。
念を入れた隠しようである。
なのでまずはいつもの仕事をしようとなり、立勇に伴われて朝から友仁の体調窺いに訪れた。
「友仁殿下、おはようございます。眠れましたか?」
雨妹がそう声をかけると、どうやら起きたばかりであるらしい友仁は胡安からお茶を渡されながら、「ふぁ」と小さなあくびを答えの代わりにした。
――やっぱり、眠いかぁ。
無理もない、と雨妹はひっそりとため息を吐く。
友仁が眠そうなのは、雨妹たちが夜中に起こしてしまったから、ということもあるだろうが、それ以外にも理由があった。
「あの後、煩かったですものねぇ」
「うん……」
雨妹がそう言って苦笑するのに、友仁が力なく頷く。
そう、昨夜に林が陽動の事件を起こすようなことを言っていた。
それが本当に起きたのだが、想像以上に派手だったのだ。
夜を徹しての大捕り物が繰り広げられ、騒々しいことこの上ない。
一体どこの大盗賊団が襲ってきたのか? という規模である。
――いや、前に呂さんが、この辺りには盗賊団がいるって話をしていたな。
もしかすると、沈はそうした本物の連中と取引をしたのかもしれない。
もしこの想像が真実であったならば、今回の件についての沈の本気度が窺えるというものだ。
それはともかくとして。
いくら友仁がいるのが離れであるとはいえ、あの騒動の最中で寝ていられるはずもない。
当然、雨妹だってすごく眠いのだから。
「今日はお昼寝をした方がよさそうですね」
雨妹がそのように判断するのに、胡安が「それについてですが」と口を挟んでくる。
「沈殿下は昨夜の騒動で多忙らしく、文にて友仁殿下とご一緒する時間がないという謝罪がありました」
胡安がそう言って、盆に乗せた手紙を差し出してきた。
つまり今日、友仁は暇となったということで、存分に昼寝をしてもらいたい。
しかし、話はまだ続く。
「代わりに、朝食を供にしたいと言付かっております。
ぜひ、雨妹も一緒にとのことです」
これを聞いて、雨妹は思わず眉間にぐっと皺が寄る。
言った胡安当人も、渋い顔をしていた。
「まだなにか面倒が出てこないだろうか?」と疑っているのだろう。
――話し合いは必要なんだけれどね。
立勇も昨夜に「事情を説明しろ」と林に言っていたことだし、早速それを実行してくれるのだろう。
けれど、ここに至ればさすがに雨妹だってわかる。
沈は、雨妹を呼び寄せたかったのだ。
そして友仁は、その雨妹を呼び寄せる材料にされたと、そういうことだろう。
なにか頼みごとがあるのであれば、素直に相談してくれればいいものを、回りくどいことをしてくれたものだ。
雨妹だって、困っている相手を無下にしたりはしないのに。
いや、そもそも宮女は安易に後宮の外に出られる立場ではない。
雨妹とて前回徐州へ行った時は、太子のお供だから出してもらえた。
それ以外だと、楊の言いつけで外城へ短時間の外出をするのがせいぜいだ。
なので沈は雨妹を連れ出すのに、策を弄さなければならなかったというのは、まあ理解できなくもない。
――でも、最初から言ってくれればよくない?
そうすれば、色々と事前に考えて対策してきたのに。
それとも、正直に話せばあの父に許可されないとでも考えたのか?
呂は、あのジャヤンタのことを知らなかったらしい。
ならば父にもあの情報はなかったと見ていいだろう。
父とて沈になにか別の思惑があるとは考えても、断るほどの理由を見いだせなかったから、こうして友仁と雨妹を行かせたのだろう。
――なんにしても、腹が立つ!
特に雨妹が腹立たしいのは、沈が友仁を利用したことだ。
結果友仁にとって良い方向に作用しているとはいえ、それはそれ、これはこれである。
完全に巻き込まれただけである友仁は、もっと文句を言って怒ってもいいはずだ。
「友仁殿下、ここは困らせられた迷惑料を貰うべきだと思います!」
雨妹は拳を握りしめ、そう力強く宣言する。
「「迷惑料?」」
この言葉に、友仁ばかりか胡安まで驚いて目を見開く。
「そうです。
こんなに皆で困惑させられたのですから、その心労の代償として、沈殿下にせいいっぱいおねだりをして、なにかいいものをどーんと買ってもらうのですよ!」
雨妹の勢いに圧されたらしい友仁が、「いいもの」と復唱して考え込むと、やがてパアッと表情を明るくする。
「ならば私は、こういう隠し通路がたくさんある、楽しそうな屋敷が欲しい!」
友仁が考えた迷惑料は、さすが小さくても皇子だなと思わせられる規模だ。
一方、扉を守りつつその会話を聞いていた立勇は、どこか安堵したように頬を緩める。
「調子が戻ったか、それでこそ張雨妹だな」
そして一人そう呟くのだった。




