445話 主の風格
一方で、胡安は「はぁ」と深くため息を吐いている。
「そもそも今回、沈殿下が友仁殿下を受け入れたことも、ただの親切心ではあるまいとは、宮城でも言われておりましたがね」
胡安がそう愚痴って渋い顔になる。
――皆、沈殿下についてはそういう認識の相手なのか。
全方向で腹の内を疑われて嫌な顔をされるとは、沈もある意味天晴れな性格と言えよう。
「それでジャヤンタ王太子を、受け入れてもらえますか?」
改めて雨妹がこの件を確認すると、友仁から「いいよ」という快諾が返ってきた。
となれば、あとはどこへ居てもらうかという問題になる。
議論した結果、友仁が使う私室の一つに寝かせることにした。
友仁が使う部屋であれば、立ち入ることができるのは胡安が許可した者のみとなるため、より安全であるためだ。
「ジャヤンタ様はどうやら日の当たらない場所に長くいたようですから、あまり日差しが眩しい場所は避けるべきです。
日陰から、徐々に明るさに慣らしていかなければなりません」
そう雨妹が助言して、後ほど最も日当たりの悪い部屋へジャヤンタを運ぶことにした。
部屋が決まれば、次に考えるべきは「誰が看病するか」である。
下手な者を出入りさせて、余所で買収された挙句に情報漏洩、という事態は避けたい。
しかし、出入りさせられるくらいに信用がおける相手というのも、また選定が難しいわけで。
「うぅむ、それでは……いやしかし」
なにか迷うようにブツブツと呟きながら眉間に皺を寄せる胡安には、なにか考えがあるようである。
しかしその胡安が答えを出すより先に、口を開いたのは友仁だった。
「では、私がジャヤンタ殿を看病する!」
そのように宣言した友仁に、一同は目を見開く。
そんな皆を、友仁が見渡す。
「ここは今、私の場所だもの。
だったら私がどこに行こうと、なんの問題もないでしょう?
それに、王太子のお相手をするのに、私なら身分の不足もないよね?」
そう言ってニコリとしてから、さらに言葉を続ける。
「けれど私は虚弱だから、いつ倒れるかわからないんだ。
だから当然雨妹は、ずぅっと一緒に行動しなければならない!」
友仁がそう言い切って「えっへん」と胸を張る。
――偉い、偉いよ友仁殿下!
人任せにせず、自分なりに解決策を考えて見せた友仁に、雨妹は拍手で称えたくなってしまう。
「良いご意見かもしれません」
胡安が顎を撫でるようにして、考えを口にした。
「雨妹殿では万が一、立場が上の者に追及されれば躱すのは難しい。
けれど友仁殿下であれば、相手が沈殿下でない限り、意見すること自体が無礼であり、行動を遮るなどできようはずもない」
友仁の意見は、胡安にとって考慮に値するものだったようだ。
しかし、雨妹には一つ懸念がある。
「友仁殿下、ジャヤンタ様は大怪我をされており、片腕がありません……それでも、ご自身で看病をなさると仰いますか?」
雨妹の問いに、胡安がハッとした顔になる。
胡安は布団で巻かれたジャヤンタの顔を確認しただけで、身体の状態を知らなかったのだ。
しかしこの問いに、友仁は不思議そうにする。
「その片腕は、王太子殿下が悪いことをしたから、無くなってしまったの?」
友仁の質問に、雨妹は戸惑う。
「そこは定かではありませんけれど……」
「仮にも王太子でございますので、さような罰を受ける程の罪を犯す環境は、考えにくいかと思われます」
答えに困る雨妹に代わって、胡安が答えてくれた。
確かに王太子であれば、罪を犯す前に側近に止められるだろう。
「ならば悪い怪我ではないのだから、私が厭う理由はない。
もし私がその怪我を見て、気を失うくらいに驚いても、雨妹が助けてくれるもの」
なんと、友仁がそうきっぱりと言い切った。
「友仁殿下、ご立派です……!」
雨妹は抱きしめて撫で繰り回したくなったが、我慢する代わりに手をワキワキさせてしまう。
友仁の決意と絶対の信頼が、雨妹はとても頼もしくて、愛おしい。
そして主が道筋を示してみせたことで、胡安も心を決めたように表情を引き締めた。
「私からも一人だけ、用意できる人材がおります。
この際、贅沢は言っていられない。
その者を連れて参ることにしましょう」
このようにして、ジャヤンタの看病についての方針は決まった。
そうなると気になるのは、林が言っていたリフィについてのなんだかんだとやらであるが。
――リフィさんのことは、話をちゃんと聞いてから考える! なるようになる!
むしろ、そう考えなければやってられない雨妹なのだった。
その夜、「沈天元の邸宅に賊が入り込んだ」という情報が流れた。
その賊は皇族の移動で大金が動くことを期待して、金目の物を漁ったらしい。
けれど思ったように宝物の類にありつけなかったのか、腹いせのように邸宅の一部を破壊したという。
それでも大した被害が出なかったことで、幡の住人たちは「大層な事件ではなさそうだ」とホッとするやら、肩を落とすやらであった。
しかしごく一部、この騒動で顔色を悪くした者がいた。
「そんな……王太子殿下!」
リフィが一人、愕然としていたのだった。




