444話 逃げ込む先は、ココしかない
脳内で思考がグルグルしている雨妹を余所に、林は一人で話を進める。
「今であればリフィは、沈殿下の演技で皆さまを誤魔化せたのだと、安心していることでしょう。
友仁殿下が好奇心の強い方で助かりました」
「はぁ」
雨妹はとりあえず相槌を打つが、微笑みながら語る林が、この隠し部屋では逆に不気味に思える。
「そんなわけで、今晩に賊が入ったということになります。
もうしばらくすれば、騒ぎが起きる手筈です。
大々的に宣伝しながら幡入りしたので、なにか旨味があると賊が考えても不思議はない」
一方的な説明をする林を、立勇がギロリと睨む。
「全てが計画通りということか……呂よ、お前もわかっていたか?」
「いいや! こっちの人の計画はさっぱりと」
立勇から「仲間なのか?」と疑われた呂が、慌てたように首を横に降る。
それでも納得いきかねるといった様子の立勇に、呂がひそりと囁く。
「ありゃあ影だ、ちょっとやそこらじゃあ口を割らねぇよ」
呂の情報に、雨妹は目を見開き、立勇も固まる。
――この人が、そうなの!?
都から沈の供としてずっと同行していた林に、そのようなことを窺わせることは全くなかったはず。
しかし、やはり沈にもちゃんとそうした護衛がいたのだ。
なるほど、沈のあの自由さの理由はこれであったのかと、雨妹は今更知る。
なにはともあれ、その言葉で立勇は林から事情を問いただすのを諦めたらしい。
「後ほど、沈殿下の口から本当の事情を聞かせていただけるのか?」
「もちろんですとも」
立勇の言葉に、林が「合格だ」とでも言いたそうな顔で頷く。
――面倒臭いのは、主従揃ってっていうことかぁ。
雨妹が前世でもあまり出くわさなかった類の人たちであり、振り回されるわけである。
それに沈の思惑はともかくとして、宜の王太子をこのような監禁状態においておくのは拙いだろう。
「ジャヤンタ様を助けるのは、いいことですよね?」
雨妹がひそっと立勇に問うと、立勇は難しい顔になる。
「宜でなにが起きているのかわからんが、我が国で死なれるのは拙い。
殺したのだのなんだのと、あらぬ疑いをかけられてしまうだろう」
「……なるほど」
思ったよりも物騒な答えに、雨妹は多少顔色を悪くする。
だがとにかく、ジャヤンタを助けてもいいということであり、この部屋から運び出すこととなった。
というわけで。
「……それで、ここに来たのですか」
そのように述べた胡安が不機嫌そうなのは、雨妹たちの訪れが夜中も遅い時間であるということもあるだろう。
事実、雨妹も訪ねるにはあり得ない時間だという自覚はある。
そう、雨妹たちが布団でぐるぐる巻きに保護して移動させるジャヤンタを運ぶ先として選んだのは、友仁が滞在する離れであった。
ここが一番安全だろうという考えに至ったからだ。
皇子である友仁は、同じ皇子である沈に従う存在ではない。
友仁が滞在している期間、沈側の人員はこの離れに許可なく立ち入ることはできないのだ。
その離れの警備における最高責任者でもある明は、さすがにジャヤンタを抱えてやってきた雨妹たちを見て、頭を抱えてしまった。
「なんというものを押し付けるのか……」
明のこの意見は、雨妹たちも言いたかった言葉である。
ジャヤンタにはとりあえず余人が入れない適当な部屋に寝かせておくことにした。
移動しただけで体力を消耗したらしいジャヤンタは、ここへ来る途中で寝た、というより気絶したという方が正しいだろう。
移動させる前に、雨妹が持ってきていた救急箱で応急処置はしてあるので、怪我の痛みが緩和して気が緩んだのもあるかもしれない。
そして当然ながら、このような一大事を、離れの主を除け者にして進めるわけにはいかないわけで。
「ふわぁ……」
なのでこの場には、友仁が大あくびをしながらも同席していた。
雨妹としても成長期の子どもの大事な睡眠時間を削ってしまい、本当に申し訳なく思うが、文句はぜひ沈と林の主従に言ってほしい。
それから立勇が部屋の扉の内側を守り、呂も再びどこぞへ潜んでしまったので、説明係は雨妹となった。
「……というわけなのです」
ここに至るまでのことをできるだけ簡潔に語ると、説明を聞いた友仁が、眠そうだった瞼をカッと開く。
「ずるい、私も一緒に探検したかった!」
そこが不服な点だったのは、ある意味友仁らしいことである。
「きっと呂さんが面白い道を見つけてくれるはずですので、次はぜひご一緒しましょう」
「本当に? きっとだからね!」
雨妹が取り成すように述べると、友仁は期待満面となる。
これについては嘘にならないように、呂に頑張ってもらいたい。




