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百花宮のお掃除係~転生した新米宮女、後宮のお悩み解決します。  作者: 黒辺あゆみ
第十一章 南への旅立ち

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443話 謀り、謀られ

 まずは、男の肌の状態を確かめる。


「この人、ずっとこの半地下にいるのでしょうか?

 リフィさんや料理長に比べて、肌が白い気がします。

 それに誰かが世話をしているようですけれど、こまめにとはいっていないようですね。

 背中に寝たきりの人に見られる症状があります」


雨妹ユイメイはそう言いながら、さらに掛けられた布団や服をずらし、傷痕も確認していく。

 リュが言っていた通り、男には右腕がない。


「傷も一応手当はしているようですけれど、もっとちゃんとしなければ、残る痕が酷くなります……誰だ、こんなところに怪我人を放置している馬鹿者は!?」

「興奮を抑えろ、声が大きい」


ふつふつと湧いてきた怒りが思わず口から突いて出た雨妹を、立勇リーヨンが諫めた。

 すると、その時。


『元気な、娘だ』


とてもか細い声が、雨妹のすぐ近くから響く。


「……!?」


雨妹が驚いて声がした方を見れば、なんと牀に寝かされた人物がうっすらと瞼を開けているではないか。


「雨妹、下がれ!」


腕を引かれた雨妹は、庇われる態勢で立勇の背後に隠れた。

 そして入れ替わるようにして前に出た立勇が、その赤い目をじぃっと見つめる。


「確かに赤い目……間違いない、かなりやつれてしまわれたが、太子との面会の場で拝見したことがある。

 隣国、イーのジャヤンタ王太子だ」

『いかにも、私はジャヤンタだ』


立勇の言葉から己の名前を聞きとったのだろう、男はその赤い目を微かに頷くように動かす。


『お主は……どこかで見たことが、ある気がする』

「立勇様を、見たことがあるらしいですぜ」


赤目の男――ジャヤンタの言葉がわかるらしく、呂がそう通訳した。

 するとジャヤンタが、次いで呂に目を向ける。


『約束を、守ったな』

『ええ、この通りに』


神妙な態度でジャヤンタに応じる呂に、立勇が眉間に皺を寄せる。


「呂よ、さては謀ったな」

「いやぁ、忍び込んだ時、熱心に頼まれちまったんで」


立勇に追及されるも、悪びれずに頭を掻く呂は、なんとも肝が太い男である。


「ア、あぁ……」


そんな立勇と呂のやり取りを見ていたジャヤンタが、上半身に力を込め、残された片腕に力を込めたのがわかる。


「筋力がかなり落ちているでしょうに、お気を付けください」


雨妹は慌てて立勇の背中から飛び出し、起き上がるのを助ける。

 するとジャヤンタの赤い目が、雨妹をひたと見つめてきた。


「ワレ、ココを出たい」


片言の崔国語で、ジャヤンタが告げた。


「リフィより、遠くへ」

「え、リフィさん……ですか?」


戸惑う雨妹が立勇の方を振り返ると、あちらも戸惑い顔である。

 そんな中、一人平然としているのが呂である。


「ところで、ずっと覗いているお人は、そろそろ出てこないんで?」

「なに?」


しかも呂がそんなことを言ったので、立勇が険しい顔で腰の剣に手をかけた。


 ――え、まだ誰かいるの?


 驚いた雨妹がキョロキョロしていると、部屋の隅の壁がゴトリと動く。

 なんと、隠し部屋にさらに隠し部屋があったのだ。

 そしてそこから姿を現したのは、なんと林俊リン・ジュンである。

 林は暗闇の中、自身は灯りも持たずにそこにいた。


「どうか、そのお方のお望みの通りになさってくれませんか?」


そして林がこのように述べるのに、雨妹は立勇と顔を見合わせる。

 これまでずっと、なにかに振り回されているように感じていた雨妹たちであるが、もしやこのジャヤンタこそが、その原因なのか?

 雨妹のそんな予感は、おそらく今立勇も感じていることだろう。


「沈殿下は、我らに一体なにを望まれているのか?」


真っ直ぐな言葉で問う立勇に、林はちょっと困ったというような顔になる。


「沈様はこの地の混沌とした絵図を、白紙に戻そうとなさっておられる。

 そのために、リフィの気持ちを変えていただきたいのです」


しかし語られたのは、なんとも漠然としている内容であった。


 ――どういうことなの?


 理解が追い付かない雨妹であるが、それでもなにか大変なことを頼まれていることはわかる。

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