440話 これもまた、戦いなのだ
立勇相手であれば気軽に考えを述べる雨妹であるが、さすがに友仁に聞かせる話――特に皇子相手のことなので、慎重に言葉を選びつつ、これに答える。
「恋を知らない人が劇的な出会いによって恋に溺れる、というのも物語にありがちな流れですけれども。
沈殿下の場合はなぁんかこう……芝居を見ているような気分にさせられるというか」
皇族の婚姻事情のせいで結ばれぬ定めの男女の悲恋とは、いささか「出来過ぎ」感があるように思えてしまう。
雨妹はリフィのことはまだあまり知らない人なので、彼女については恋に燃え上がる性格であることもあり得るだろう。
――リフィさんって、私が思うよりもたぶん若いよね?
沈は父と太子の間くらいの年齢だが、リフィはもっと若い。
崔国人との人種差から丹国人の年齢を予測し辛いのだが、恐らくは二十代半ばくらいではないだと思われる。
そのリフィが、仮に、本当に沈を好いているとして。
沈はこれまで誰のものにもならない定めの男であり、当然それはリフィであっても同じことだった。
しかし沈の婚姻が解禁となれば、妃候補でも有力である斉家の娘はもちろん、崔国には釣り合いがとれる女性などいくらでもいる。
一方でリフィの立ち位置はなにも変わらないのだ。
まさしく悲劇の恋人であり、己の哀れに酔いしれてさらに恋の炎が燃え上がる――というあたりが、恋物語としてのお約束的筋書きだろう。
――沈殿下、そういう身勝手な人かなぁ?
そんなこれまでもこれからも己と一緒にいても未来のない状態で、一人の女性の未来の可能性を潰してしまうとわかっていながら、沈はそれでもリフィを側に置き続けるような男であろうか?
それとも政治や争乱のなんやかんやと、恋の問題はまた別なのかもしれないけれど。
あの父が、母との恋に溺れてしまったように。
さらに、気になることがもう一つある。
――どうして友好的に付き合う国が、隣国を飛ばして丹国なの?
これは以前にも不思議に感じたことだ。
隣国と必ずしも仲良しであるとは限らない。
国ではないが、崔国の苑州と青州の関係がいい例で、近いからこそ喧嘩が絶えないということもあるだろう。
それでも、前世と違って空路が使えるわけではないのだから、陸路で繋がっている隣国を無視することはできないはずだ。
それにもし隣国と崔国が険悪な仲だったとしても、リフィが立勇の推測通りに丹国の姫だったとしたら、自国を通り越して丹国と親密になるなど、隣国を余計に刺激する行為だ。
これまでさんざん苦労した沈が、国益を無視する行いをするだろうか?
もっと言えば、何故一国の姫が宮城で丹国の外交を担うのならばともかくとして、地方に押し込められた皇子の元で働いているのか?
そして沈とリフィの恋物語が、なにかの目くらましのためだとしたら?
考えれば考える程、様々な疑惑や可能性が浮上してきてしまう。
「謎だ、謎過ぎる」
「同感です」
雨妹が思わずぼやくのに、胡安が同意してきた。
「疑惑が多いということは、気を緩められる場所ではないということ。
すなわち、ここは敵地も同然なのです」
きっぱりと断言する胡安に、友仁が息を呑むのがわかる。
「剣を振るっての戦だけが、戦いではありません。
情報を武器にしてのものもまた、戦いなのです」
厳しい表情を見せる胡安に、雨妹は友仁と顔を見合わせ、同時に頷く。
――胡安さんって、胡家の血縁っていう縁故で選ばれただけの人じゃあないんだな。
こういう人を見つけ出すあたり、あの父の情報入手の確かさに感心してしまう。
「友仁殿下、雨妹も、あちらにこちらの情報を安易に渡してはなりません。
敵の武器を増やすことになりますから」
「わかった」
「重々、気を付けます」
胡安に念を押され、友仁と雨妹はそう答えるのだった。




