439話 計算外
――沈殿下、頑張り過ぎちゃったのかぁ。
努力が悪い方向に作用したなんて、雨妹は沈に同情してしまう。
「沈殿下も上手い具合に誰か他人に手柄を押し付けて、無害そうに見せられなかったのかなぁ?」
雨妹の口から思わず漏れてしまった考えに、友仁が「えっ?」というこれまた驚きの顔になった。
一方で胡安は「おや」と眉を上げる。
「雨妹はなかなか考えが廻るな。
現在の沈殿下であれば、そのように上手く立ち回れたであろうが、当時は若く、必死であったということだろう」
胡安が苦笑交じりにそう話す。
ところが、その状況に最近変化が現れたことで、沈の環境もまた変化した。
「沈殿下周辺の変化が、なにかわかりますか?」
胡安に問われ、友仁は自信がなさそうにしながら口を開く。
「皇太后陛下が、いらっしゃらない?」
友仁の言葉に、胡安が「正解だ」とばかりに目元を和ませた。
「その通り、尼寺行きとなりました。
故に追い風を失った宮城側の態度も軟化したのです」
沈への「皇太后陛下のお気持ち」という重しがなくなったことで、妃問題が再び騒がれ出した。
これは沈の宮城滞在時から顕著であったという。
「沈殿下の滞在先には、大量の釣り書きが送られてきたそうですよ」
「わぁ……」
この話に、友仁が目を丸くしている。
花の宴前まで沈の存在など、見向きもされなかったであろうに。
「有力そうな勝ち馬には、とりあえず乗っておこう」ということなのだろう。
嫌な手のひら返しだし、沈にとってはとてつもなく大きなお世話だ。
そして沈の婚姻解禁の知らせを受けて、あの「妃候補」たちが我先にと邸宅に押しかけたのである。
「都から離れていても、情報が早いですねぇ」
「そこはやはり、情報が勝負の通商の地故だ」
感心するやら呆れるやらの雨妹に、胡安が真面目な顔で返す。
――それで、あの逃げの一手か。
沈もまさかこんなにも突然皇太后が失脚するとは、思ってもいなかったのだろう。
もしあらかじめ察知していれば、そもそも花の宴に顔を出していなかったかもしれない。
ある意味、皇太后の愚かさ具合が、沈の予想を上回ったということか。
そして沈が友仁の避難先を引き受けたのも、友仁のためという理由もあるのかもしれないが、悪い言い方だと、友仁を宮城への盾にしたい思惑があったのかと、雨妹は想像する。
幡までのまるで友仁への跡取り教育のような振る舞いも、宮城からの出向組へ「婚姻は必要なし」と見せるためであったのだろう。
――まあそれだって、結果友仁殿下のためになるのなら良いと思うけれどね。
こんな機会でもなければ、友仁は籠の鳥状態で後宮の中で暮らし、やがて大人になれば宮城に求められるままにどこかへ行かされたのだろう。
そうなる前に外の世界を知れたのは、良いことだろう。
そんな皇族の婚姻に関する裏事情を踏まえて、話はあの沈とリフィの逢引き現場の件に戻る。
「友仁殿下、沈殿下とリフィ殿は真実恋仲であると思われますか?」
胡安に改めて質問され、友仁は宙に目をさ迷わせながら考えている。
「う~ん。
道中で私が見てきた叔父上は、すごく考えて動く方だと思う。
だから、えっと……」
友仁は自分の考えが上手く言葉にならないのか、もどかしそうに口をムズムズとさせた。
「恋に夢中になり、呆ける方には見えないですか?」
「そう、それ!」
そこへ胡安が言葉を足してやると、友仁が大きく頷きスッキリした顔になる。
「だからね、そんな叔父上でもあんな風に女の人と仲良しなのかって、驚いて覗いてしまったの」
ニコニコ笑顔で報告する友仁だが、なるほど、野次馬は単なる好奇心故ではなかったらしい。
「では、雨妹の意見は?」
そしてこちらにも胡安が質問してきたので、雨妹も「う~ん」と考える。




